2015
07.03

玄関先のサナギが今朝、羽化いたしました。

土砂降りでしたから鳥に襲われることもなく、黒アゲハはゆっくりと羽根をくつろがせておるのであります。

庭の柚子の葉に黄色い卵が産みつけられ、青虫になり、そして本日、成蝶とあいなったのでございます。
なぜ、このような進化の過程を経るのか、いきなり蝶になっても良さそうなのに、グロテスクな青虫の段階をとおり、一か月ほどのサナギの時を通過しなければ、黒アゲハにならない不思議は、これは哲学的な分野なのでございます。

黒アゲハも、やがて空を飛びまわり、相手をみつけて交尾することになるのでしょうが、「昔は良かったなぁ」なんてどこかで青虫時代を懐かしむことはあるのでありましょうか。
それとも、「いまがイチバンです!」などと過去の一切を忘れたように、そのビロードの羽根を優雅にうごかして高く低く飛ぶのでありましょうか。

「非行も成長の過程です」
と校長の前で私メをかばってくれた高校の担任をふと思い出すのでございました。年間の出席日数が80日に満たなかったのに、150日以上に偽装していただいたものでして、いまでは問題になる手心でございましょう。

雨の日はいろいろととりとめないことが思い出されるので心が落ち着きます。

しかも、いただいた鱧のコミンとした美味さったら申し訳ないほどでございます。鱧の身の白さも、腹を裂くまではわかりませぬ。ウミヘビの如き、やはりグロテスクな魚に、このようなデリケートな身がおさまっているなど信じられるものではございませぬ。これもまた哲学の分野になりそうであります。

モリオカから戻った後の連続した忙しさを、本日は自分を甘やかすことでバラケさせております。
シューベルトのまといつく甘い音楽をながしつつ、家相の本をぼんやりと眺めている次第であります。

玄関に行くのが、なんとなくためらわれます。
行って、黒アゲハがいないことを確認したくないのでございます。