07.27
モリオカでも35度になると予報されていたので、田沢湖に逃れたのでございました。
田沢湖には何度も行ったことがあると思っていたのですが、私メの思い違い。完全なる記憶違いでありました。
誰かの話を自分のこととして信じていたのでありました。
森を抜け、まぶしいほどの湖畔に出ては、また林道に入る素晴らしい田沢湖の外周路を車で走らせていると、それは見知らぬ世界。
親しいはずのお女性の別の顔を見せられている思いなのでございました。
「あなたは私といっしょにここに来たことがあるわ」
「いいえ、それはあなたの思い違いです。私はあなたと来たことはありません」
という映画、「去年マリエンバードで」を彷彿させるような記憶の錯綜でございました。
湖からの風は森林の香りとブレンドさせて、開け放した窓から髪をなぶらせるのであります。
記憶にはあるのに実際には来たことのない場所であることに、発狂にちかい衝撃を受け、おもわずブナの幹に「2015年8月27日に参上!」と釘で彫り込みたい気持ちに襲われたのでございます。
「わたしが好きなら田沢湖まで逢いに来て」
と言われたことがあったのでしょうか。そして行ってはいないのに長い間のうちに行ったとおもいこんでいたのでしょうか。
いえいえ、そう言われたことなどありませんから、そんなはずはございません。
いや。
私メは湖畔を走りながら一人のお女性を記憶の底から見つけました。
とおい昔に喧嘩別れしたお女性の妹でございました。
背中むきで下着をつけながら、
「姉妹丼だね」
と笑う妹。
それも実際にあったのかどうかぼやけてしまっているのでありました。
田沢湖から玉川ダムをかすめ、八幡平アスピーテへと進路をとりまして、ふたたび岩手領にはいりましたらカッとするほどの陽射し。
「珈琲のむべ、どっかで」
と老母は見晴らし台で喉がカラカラだおんと言うのです。
この老婆はだれなのか。
私メの母だとおもっていたけれど、ほんとうはだれなのかと、私メは幻想から醒めきれずに山肌を這いのぼる冷風に吹かれておりました。