2011
05.28

震災で海辺の町が全滅してしまったので、ホヤは食えないだろうと思っていました。

が、いつもより四倍の値段で売っていたのであります。
迷うことなく二個買い求めました。

画像がホヤを剥いて、一口サイズに切ったものであります。
口に広がる独特の甘い苦さ。

三陸産ではなく青森産のためか、やや大味でございますが、贅沢は言っていられません。

白ワインを傾けつつ、ちょぴりずつ口に運ぶのでありました。

ホヤは、女の朝の吐息のような匂いなのであります。
ゆうべ愛し合った名残りがただよう口臭。
さいしょは顔をそむけたい匂いですが、嗅いでいるうちに引きこまれてしまう、薔薇のエッセンスが奥にただよっている匂いであります。
「イヤな人ね」
女は口の匂いを気にしながら、嗅ぎまわる私から逃れようといたします。
仕方なく髪の芯とか、耳の後ろに鼻を押し付けるのであります。
「ホヤのような匂いだね」
うなじに鼻をつけたまま、スプーンのように女の背中にカラダをかさね、脇の下からおっぱいに腕をまわして、そうやって朝のしあわせに耽るのでございます。

「あんや、なに考えでるえん?」
老母の声に妄想がやぶられ、
「ちょっと出てくる」
と歓楽街へと足をすこばせるのでした。

指を嗅ぐと、まだホヤの匂いが染みついているのでありました。

2011
05.27

もう六月が近いというのに、羽根を傷めてとべない白鳥が湖にいちわ浮かんでいるのであります。

ロシアの深い森の奥のふるさとの湖に群れて飛び立った仲間たちを見送ったこの白鳥は、いったいなにを待っているのでしょうか。

過酷な夏にたえられるのでしょうか。ほかの獣たちに狙われたりしないでしょうか。

みんな愛する人たちに囲まれて辛いことにも笑顔でがんばっているのを遠くから眺め、いつのまにか一人ぼっちになってしまっている自分を自分で抱きしめるのです。
「おいでよ」
と誘われても用心深くことわり、断ったことを気にやんで、とっくに相手はそのことを忘れているというのに、「こないだは疲れていたから…」と言い訳するのであります。
「だけどね」
と作り笑顔で、
「まいにち楽しいのよ。まわりの仲間ったら愉快な奴らばかりで。先週はね、パーティなんかしちゃって…」
嘘ばっかりです。
先週は近所の総菜屋でころっけ、スーパーでヒラメのお刺身を買って、ひとりで食べました。缶ビールを飲みながら。
白鳥から、そんな声が聞こえてくるのであります。
「わたしをほんとうに愛してくれる人っているの?」
愛されることより、愛することが大切です、愛される前に、あなたは愛しましたか、なんてえらそうな人の書いた本には書かれているけど、たまには、一人ぐらいは、わたしを愛してくれる人がいてもいいんじゃないの。愛されたいなぁ、必要とされたい、愛されたいよと、しゃがみこんでしまいたいくらい。
あなたはお母さんに愛されてますよなんて、そうじゃなくて。お母さんに愛されなくていいから別な人に必要とされたいよ。
でもでもでも、さびしいなんておもわれたくない。だってホント寂しくなんてないのだから。

人とすれ違うと分かりますよね。
この人は愛されているなって。
空気がちがうんですよ。あたたかなやわらかな空気が漂うから。

湖にとり残され、季節にとり残され、みんなからとり残された白鳥は、けれどもいまは湖面に浮かんでおります。
とべない空が重そうなのであります。

2011
05.26

薬草酒をいただきました。

赤坂にある、たまに立ち寄るショットバーで、私のために特別に取り寄せてくれている薬草酒と同じモノのようであります。

漢方薬の渋い味と香りが口内に広がる独特なお酒なのであります。

胃腸に良い、食前酒らしいのですが、普通にのむのも悪くありません。

店でこれを味わっていますと、連れが、
「オノさんばかり、カラダに良さそうなのを飲んでいるのはけしからん」
なんて文句を言われたりいたしました。

たしかに酔いはさほど襲ってはきません。
食前酒というよりも、いろいろと飲み食いした後に、時間をかけて四杯ほどのむのがいいような気がいたします。

いただきものには、もうひとつ、このようなシャレたグラスも同包されておりました。

ちょっとしたことで粉々に砕けてしまうような繊細なガラス工芸のグラスでしょうか。
ホンモノの女体よりもデリケートなのかもしれません。

小柄ながらもしっかりとした冷たい体温をもつグラスなのであります。
「ふふふ」
と含み笑いをするだけで、まだ心をひらいてはくれません。

薬草酒を半分だけそそいで、くちびるをすぼめてグラスにくちをつけました。
金色の乳首が顎のひげのあたりをなぜるのでございます。
「沁みるでしょ」
薬草酒は胃袋のあたりで炭火のように火照るのでありました。

どこか旅行にいきたくなるのございます。