2021
04.09

人生は選択の連続であります。

同じ生年月日時であっても、各々の選択は別。

花の 種があり、それを、日向で育てるのか、それとも日影を選ぶのかで、花の咲き方はまったく別のものになるのは言うまでもないこと。

人生においての選択は、どちらを選ぶのかで、はげしく悩むのであります。

が、選択しないという選択もございますです。

高級酒を目の前にして、清酒か、ブランディか。
どちらを胃に流し込み酩酊しようかと思っていたのであります。
「今日は止めにして、鬼殺しにしようか。それとも角瓶で酔っぱらおうか」
これも、また選択でございますです。
『 選択』をテーマにブログにUPしようとしてスマホで、
カシャッ。
そして、元の場所に移そうとしたその時でございます。
手が滑りましたです。

身を挺して破損を免れました。
割れたら飲めない…。
「!」
選べないという選択もあることに気づいた次第。

ボヤボヤしているうちに、彼女を別の男に奪われることもあるのでありました。
時代が波乱を帯びて、生き方の選択が不可能になることも。

じつは、選択しているよーに思いながら、選択させられているのかも。
あたかも手品師が任意にカードを選ぶように言いながら、あるカードを引かせるテクニックを弄するように。

疫病と五輪のドタバタで世の中がほころんでおります。
自分の選択は自分の意志で行われているかを反芻するイイ時期かもしれませんです。

2021
04.08

春の夜は、木枯らしの吹きすさぶ夜よりも、孤独をひとしお感じるものでございます。
晩秋はウィスキーとミステリがあれば、寂しさはむしろ快感。

しかし、春の宵は肌が人恋しがるものでございます。

お女性でない私メにお女性の気持ちを適切に言い当てられないかもしれませんが、ペニスによって快い疼痛を膣に覚えつつ眠る夜はしやわせではないかと。

男の春の夜は、膣と戯れる充実を求めるのでございます。
すでに男の旬を通り越した私メでさえ春の夜の甘い空気は毒でございます。

が、なにごとも求める力が強ければ、求める対象は遠ざかるのでございます。

断易において、『世空者即致』の原則をいくどとなく述べておりました。
失脱占において、世爻が旺相していては、探し物は見つからない。世爻が空亡にあれば、「もういいや」と気を抜くために。逆に、紛失物の方から見つかるようになるという原則であります。

それは男女間においても同様でして、「女、女、おんな」「男、男、おとこ」とガッついているうちは、手に入るものではございません。
「気持ち悪い」
と敬遠されるのは必定。

で、ありますから、ここでも世空者即致の姿勢で臨むことが肝要かもしれません。
ただ、恋愛占において、男が空亡であることは、もうひとつ意味がございます。
「役に立たなかった…」
EDとして出るケースがあるのであります。

断易の原則に、動墓がございます。
土爻が動き、世爻がその墓に引き寄せられる場合を動墓と申しますです。
土爻が妻財である場合、ですから巽宮か震宮のケースでしょうか。
世爻が動いた妻財爻に動墓となる場合、別のお女性からのアプローチが多いのであります。

背中に乳房を感じつつ、
「もう、よせよ」(動墓の状態)
とミステリに読み耽っていると、携帯が鳴り、
「いまヒマしてんだけど」
と別のお女性からのアプローチ。

このケースも世爻の力、欲望が軽減されているわけですから、お女性からは誘いやすいのであります。

などなど空想しつつ、黄昏流星群を眺めているのでありました。

2021
04.07

未来というモノは発展する右肩上がりだと思っておりました。
それが幻想であると実感する昨今でございます。

水泳女子の死にぞこないの選手が復活し、本人が喋ったかどーかは定かではありませぬが、
『努力は報われる』
の見出しがデカデカと新聞に載っておりました。

易者の職業病で素直に受け止められませぬ。
二着以下の選手を考えてしまうのでした。
「努力しないから負けたのだ」

占いで「努力」の二文字は禁句でございます。
長い間、私メは雑誌などの原稿に「努力」の二文字を入れたことがございません。

「努力」とは、ずいぶん思い上がった言葉でございまして、「報われる」と、自動的にイコールでつながれるフシがございます。
が、「努力」は「徒労」ともつながるのでございます。

そのことで…、以前、酒を飲みながら「努力は無駄だ」という点で、仲間と乱れたことがございます。
私メが占いをすこしばかり齧ったころでありました。その男とは、それきり連絡もしておらず、賀状も絶えました。
努力をすれば報われるは、宗教的な要素に泥んでいるような気がいたします。

努力をして、たまたま報われる結果を得た人間は、かならず傲慢になりますです。橋本聖子などのようにとんでもない老人になるのであります。
報われなかった者同士が、「ああ、お前もか」と肩を叩き、「すべては時の運」なのだとは、彼らは理解できないのでありましょー。
病気から立ち直り、そして美人ですからもてはやされますです。が、40年後には妖怪の如く橋本のよーになっていたりするかもです。教科書に載せろという、これも苦労知らず、悲しみ知らず、絶望知らずのガキが述べていますが。
まさか、五輪のための出来レースってことでもないでしょーけれど。

占いでの『努力』は、「後悔しないため」でございます。
精一杯に頑張らないと、失敗した後、諦めがつきません。「あのとき、もっと頑張れば」と未練が残り、いつまでも、その場から立ち去れないのでございます。だから頑張るのであります。その場から立ち去れるよーに。適しているモノへと近づくために。

成功するばあいは、努力とは関係なく、トントン拍子に進むものであります。苦しむ努力ではなく、まるで夢中になって遊んでいる時のよーにであります。

どーあっても五輪を開催するつもりらしいですね。
その祭りのあとは、あとの祭りの廃墟が待っているのでありましょー。

人類はすでに頂点をすぎ、滅亡へと加速度的に向かっているのでございます。