10.04
ひとつだけ私メが自慢できるものがあるとすれば、かれこれ30年近くも占いで食っていることであります。
多くの職業があるなかで、古色蒼然とした占い。科学万能の世にあって迷信だと軽んじられている占いを生業にしていることは、自分でも気狂い沙汰であることは承知のうえであります。
では、なぜ生活していけていたかといえば、私メには魅力があったからに違いありませんです。
魅力とは、他人がもっておらず、自分にしかないもの。
つまり占いの知識とか技術とかそういうヤツなのであります。
歌が上手い、絵がスゴイことも、これも魅力であります。
誰もが魅力は備えているのでありましょう。
けれど、それを活かせず、あるいはチャンスがなく、もしくは一歩踏み出す勇気に欠けているわけでありまして、生きている限りは、たとえ周囲から小ばかにされていようと、一皮むけば、そこに魅力が輝いているに違いありませぬ。
「まだ占いなんてやってんの」
「くだらないことに夢中なんだね」
「へえっ、占いですかね」
などといまだに言われ続けておりますが、多少のおしょすさはございますが、もはや「だからどうしたというんだね」と開き直っておりますです。
しかし、退職した連中が、「オレも占いをやってみぺかな」なんて会話も届いておりますです。
エラそうで済みませんけれど、私メは、たぶん、十傳スクールを通じて受講生のみなさまに魅力を植え込もうなんて思っているよーなのであります。
科学を知ったつもりでいても、車ひとつも自分で作れないではございませぬか。家だって大工に作ってもらい、PCだって仕組みが分かっている人がどれだけおりますやらでございます。
が、占いが、どーして当たるのかは分からないにせよ、ロジックを知り、応用し、運命までを、非常識な方法ではありますが、見定めることが一応は可能なのであります。
ただ何事もそーであるように、やり始めたらトコトンやり抜かねば魅力にはなりませぬ。
自分一人しか知りえぬ秘術を掴んでいるということは、気持ちの良いモノでありますですよ。
などと演説いたしましたのは、いよいよ奇門遁甲の奥義を講義せねばならなくなったからであります。
「休めよ、休めば秘密が保たれるから…いや休んではダメだ。理解するなよ、理解できなければ魅力は自分だけのものだ…いやいややはり理解してほしい」
この葛藤のなかで、講義のためのノートを開いているのでございました。くくくくく…、くそ。