2013
11.22

おもえば震災以来かもしれませぬ。
ひさしぶりに松屋で豚メシを注文したのでありました。
正式には塩カルビだったか…名称などはどうでもイイのでございますです。

どうでもイイというのは、やがて納得されるでありましょう。

私メは牛丼は苦手。
20代の頃に西新井に住んでいたお女性のアパートから早朝に大久保に帰る時、大久保の伊勢一のとなりにあった吉牛で腐るほど食ったために、いまだに牛丼と聞いただけでゲップが出るのでございます。

松屋は食券を買うのが億劫で、かってから「ありゃ、別なものにすればよかった」と客の食っているものを見て後悔はいたしますが、松屋では豚ドン以外は食わないと決めていますから、その後悔も豚のテリヤキが良かったかな、という程度のものであります。

ところで、カウンターには画像のようなタレというかソースというものが並べられておりますです。
それぞれ注文をしたヤツに応じて選べるようにカタカナとひらがなで表示されているのであります。

たとえばキャベツには「フレンチ」、カルビドンには「カルビ」のソースというように。

が、これらのタレが、私メが松屋を好んでいる理由なのでございますです。
六種類のタレのほかに、たぶん健康を著しく害するであろう中国産のでありましょうが、紅ショウガもございますです。

これらを右から順番に、豚ドンにぶっかけるのでございますです。

いつものことでありますが、となりの客は目を見開いて私メの行為を凝視。厨房のオバハンも「あらららら…」といった感じで横目で見ていますです。
これは震災直後もいまも変わりはございませぬ。

もう塩カルビだろうが豚ドンだろうが何だって同じなのであります。
ショウガも自殺願望者でもあるごとくてんこ盛りにしてやるのでありますです。
この世の善と悪は、丼に満たされ、それをしばし見入ってから、首をやや右にかしがせつつ胃袋に流し込むのが作法というものでございます。

ほーれ、かようにご飯の底に混じりあったタレが汚水のごとくだくだくになっていなければ本当ではございませぬ。

言い忘れましたが、唐辛子もたっぷり。
…つねつね感じるのでありますが、なぜゆえに、こういう食堂の唐辛子は辛さが弱いのでありましょう?

はなまるうどんも、丸亀うどんも唐辛子の辛さに問題があるように感じるのであります。

とにかく食い切るまでに二分もかかりませぬ。肉片が四枚も残るのは、ケチな性分だからなのでありましょうか。が、その肉片でドンぶり内をキレイに拭き清めて、それも胃袋にポイ。

ああ、しやわせだ! と満足するのでありました。
「ありがとうございます」
という店員の声を背中に受け、店外にでたときに、何とも言えぬ恥ずかしいような後ろめたさは、いったいどこから来るのか。ラブホからでたときと同じ欲望を満たし終えたあとの満足と寂しい気分でありました。

ケダモノ…。
振り返っても誰もおりませぬ。天からの声なのかもしれません。

2013
11.21

これが届いたのであります。

Oh!ボジョレヌーボ。

冬の到来であります。
「いっしょに飲もうね」
なんて口が裂けても言ったことはございませぬが、言ってみたことにしたい思い出もございます。
いや、やっぱり、ございませぬ。

昨年は、ちょうど十傳セミナーの開催日と重なったこともあり、横浜の邸宅で、皆様と乱れたものでありました。
月日は駆け足で去り、そしてあたふたと到来するものでありますです。

人も同様であります。
去った人、出逢った人、続いている人。
そろそろフェイドインしようかと思っていたのに、「そうだ!」などと思い出し、十傳スクールをおっ始めてしまったもので、隠居はすこし先になろうかと思ったりしておりますです。

希望も野望もなく、罵られようと「あっそう」と傷つきもせず、妙にカンばかりが冴え、人の先行きを淡々と見てしまえるようになったのは易者としては喜ばしいことではあっても、やはり年齢のせいでありましょうか。
十傳スクールで皆様に講義しながら、じつは私メのほうが学習させてもらっているのかもしれませぬ。
「運命学というものは、そういうものであったのか」
と気づかされることが多いのでございますよ。
そして、なして断易や四柱推命はこうも的中するのかと、いまさらのように首を傾げるばかりでございます。

春のうちはまだ花の蕾に過ぎなかった葡萄が、こうして人を酔わせるワインに成熟するという不思議は、私メを妙に焦らせてしまうのでございます。

今日もーー。
傷つきながいこと自分に自信が持てず苦しんでいるお方に、
「私メはそんなあんだが好きなんでがす。もしも、あんだが自信満々でテキパキと仕事をするようになってしまったら、もう好きにはなんねべよ。道端のゴミを拾う癖は、悪い運がつくからやめろとアドバイチュしていたけんど、んでも、あんだが道端のゴミを気にしてゴミ箱に捨てるようなお人だから好きなんでがんすよ。私メにはやぐ嫌われるようにならねばわがねじゃね」
などとつきはなし、やや寂しい気持ちに陥ったのでありました。

しかし、ボジョレヌーボであります。
みんな忘れて、冬の到来に期待することにいたしますです。

2013
11.20

いただきもののイクラを前にして封を切れずにいるのでありました。

すし屋でイクラの軍艦巻きを最後に食うお方は「若い頃にお貧乏だったね」などと思うのでありますが、ふーむ、いつ食うかが問題であります。
賞味期限は迫りつつありますです。

春先の川釣りをするときにイクラを餌にすると、面白いようにヤマメが上がるのであります。
が、それとこれとは別の話でありまして…。

私メはアワビやウニには執着いたしませぬ。
中学で多くの学校は北海道に修学旅行に行くのでありますが私メの通うところは、学習旅行などと銘打ち、県内の漁村を回ることになったのでございました。

田老の港などを見学し、漁港のお偉いさまが高い堤防を指さし、「10メートルの堤防だからどんな津波がきてもびくともしない」と威張っておりました。で、何でもいいから質問しろと指名されたので「10メートル以上の津波がきたらどうするんですか?」などと聞きましたら、大笑いされましたのでありました。
「堤防よっか町全体に大きな浮き輪を敷いた方が、見晴らしもまもれて一挙両得だとおもいます」と加えたら、ゲラゲラと笑われましたです。

が、東日本の大地震ではその堤防も崩壊したので、そのことのことを思い出しましたのでありました。

で、学習旅行の昼食は、各漁民のおうちにお邪魔して料理を振る舞われるのでありますが、我々の班には、ウニとアワビでありました。食い過ぎで以後20年はウニとアワビを見るとギクッとなって気持ちが悪くなったものでございます。

けれどもイクラは違いますです。
赤い乳首のようなイクラをご飯にどっさりかけて食うことは、私メにとっては贅沢中の贅沢。
いやいや私メだけじゃありますまい。

それで、冷蔵庫から取り出して、こうして眺めているのでありました。
卑猥な眺めでもございますです。