2018
02.20

すでに、ウンコになって体外に出てしまって久しいのでありますが、そのイカの生前の姿なのでありました。

画像に納めてから数分後には、私メの手によってさばかれ、私メの胃袋に動き、もがきながら納まったのでありました。

数分後の未来も分からぬのが、生者の宿命であります。
ギャンブルなどは、未来が見えぬ宿命を逆手にとって、胴元がお金儲けにつなげるアイディアなのでございましょう。

が、もし数分後に死ぬと分かってしまうような未来を知る能力が備わっていたとしたら、正気でいられましょうか。

占いで
「お前は一生、その生活から抜け出ることは出来ないのだ」
と告げられただけで卒倒するほどの絶望にうちひしがれるはずだからであります。

いいえ、未来を知るどころか、自分自身を見てしまうのも絶望の正体でありましょう。鏡などでしか自分を見ることはできませぬ。肉眼で、街を歩く自分を見ることは出来ませぬ。
手は見えても、足は見えてもペニスは見えても、顔は見えませぬ。

自分の不在の世界を常に見ているだけであります。

たまに私メが誰かと談笑している画像をみると、
「へえーっ」
不思議な感覚につつまれますです。
「歯茎をむき出しに笑って、こんなに醜いんだ」
「うわっ整形がガッキリと分かってしまっているんだ」
などなど。
その羞恥的絶望を他人に訴えても、分かった貰えることではないのでございますです。

未来も知らず、自分自身も見えないこの世とは、いったいどういう世界なのか、ちょっと発狂しそうになりますね。

2018
02.19

十傳スクール、断易中等科が、昨日の講義で終了しました。

天玄賦の解説が中等科だったのであります。

断易で難しいものに、父母爻と兄弟爻の解釈がございますです。

天玄賦は、兄弟、子孫、妻財、官鬼、父母の五種類のエレメンツの解釈を主眼としているのであります。

他のスクールに流れたお方が、「また学びたいのですが」と連絡されるのですが、私メの断易教室を越える教室は、どこを探してもないはずであります。
なにしろ、菊池靖典から鷲尾先生に至る口伝などを、すべて網羅したテキストを使用しているからであります。
そこいらのテキトーなテキストなのではございませんです。

さて、兄弟爻。
恋愛占では、お女性を剋す星として有名であります。
「いじめられますね」などと断じたくなるでありましょうが、では「イジメられるとは何か」「剋されるとは何か」を深く思考しなけれはならないのであります。

また恋愛は、自分の心を偽っている場合が多いものであります。
愛している、好きだと思ていても、胸に手を当ててみると、「本当は結婚に焦っているだけで、好きだと思い込んでいるだけであった」というケースも多くみられるのでありますです。

そういうケースも心に入れて、日本人の恋愛を探る必要がございます。

断易中等科の上は、高等科でして、いよいよ「黄金策千金賦」へと踏み込んでいくのであります。

最近、初等科しか学んでいないお方が、電話でいろいろと質問されているという苦情が出ておりますです。
お金を出して勉強を続けているのですからね。

ついでに申しますと、十傳スクールは仲間作りの場所ではございませぬ。お勉強を教えあうなどせず、さっさと帰宅するのが賢明であります。愚かしいトラブルを防ぐためにも。

2018
02.17

しまいは必ずやってくるのであります。

努力も頑張りも虚しく、まるで雷雨の如くやってくることもあるし、ピアノの旋律のように緩やかに訪れることもございますです。

春が寒いのは、そのせいかもしれませぬ。

満腹になり、しかし、立ち去るにも惜しい気持ちが残るとき、最後の一貫を何にしようか。
私メは、お新香巻きを、卵焼きをきってもらい、ちびりちびちりと口にいたしますです。
それでも、なお心残りを覚えたならば、マグロの赤いところを握ってもらうのであります。

そして、まだ淋しく感じることがございます。
けれど、それ以上はいけませぬ。

それ以上は未練になるのでございます。
ばかりか、みじめたらしいのでありますから、
「お勘定…」
席を立つしかございませぬ。

そーして、コートの前を開けっ放しで、夜風に吹かれるのであります。

すると、やはり終わっていたことに気づくのでございます。

「明日が待っているなぁ」
もはや、なにを食ったのか、それすらも忘れるから妙でございます。

寿司のことを語っているのではございません。