2019
10.31

誰にでも苦手な期間があるはずであります。
どーも、この月になると最悪なことばかり起きるなぁ。
というヤツであります。

私メにとっては、9月10月がその時。

真夏は大嫌いでありますが、その熱暑が抜けてホッとするのもつかの間、
「うへっ、9月が来たか。10月だぞ。今年はどんな悪い事が起きるのだろうか」
などと、不安を抱えつつも好奇心で満ちるのであります。

2年前は痛風。
銀座ジプシーから突如としてクビ! を通告されたのも9月。
イベントで穴をあけた占い師の責任を取らされたのも、この季節なのでありました。

で、今年は、愛犬の死から始まったように思います。
自宅の三階のトイレが壊れ、その修理で多額の出費がございました。
瞼が腫れたのは数日前のこと。
そのほか、ここでは書けないこともございました。

しかし、よくよく思い出すと、悪い事ばかりでもなかったよーな。

けれども、過去を振り返りますと、この二か月間に発生した悪しきことは、後になってホトンドが幸運に変換したのであります。
たとえばジプシーから放り出されなければ、出版の扉は開かれなかったのでありますから。

10月も本日で終了。
暦では11月8日までは10月なので油断はできませんが。

さーて、今年もまた雑誌ananの年末のH占いの原稿依頼がまいりまして、エロ占い師の名が定着しつつあるよーであります。
だれか、私メよりもヒリヒリするよーな悦楽を描写する占い師が現れないのでありましょーか。
得意分野だけに、このままでは歯止めが効きません。

2019
10.29

拙著、財運四柱推命術の増補改訂版に、数理術を書き加えておりますが、じつは、コレはいわば上蓋でありまして、簡単に男女の相性を数字で読み解く秘伝が隠されているのでございます。

30年前、兄弟子から、
「誰にも見せないでね」
と念を押されたガリ版刷りの古い冊子が、私メの書庫に眠っているのでありますです。

ひと口に相性と申しましても、そこにはいくつかの種類がございます。
●初対面の際の相性
●恋愛期間の相性。
●結婚の相性。
大きく三つに分かれますです。

そして、どんなに良い相性でも別れの危機がございます。
つまり年とか月とか日に、相性は揺れ動きますです。
さらに、結婚の相性においては、子供が、その夫婦の相性に強い影響を与えるのであります。

そして、また、この夫(あるいは妻)は社会的に楽に成功するのか、それとも認められないのか、努力の分だけ成功するのかも、男女関係では重要であります。
相性が良くても、ダメな相手であっては困るからであります。

夫と妻のどちらがリーダーシップを取るのかも大事なこと。
有能な亭主だが、家庭では妻に頭が上がらない場合、無能な亭主に威張られている夫婦もいる事でありましょう。

姑と自分の関係も無視できませぬ。

これらを簡単に読み解く秘術が、四柱推命「数秘術」なのであります。

先に、四柱推命「合婚法」の特別講義を開催しましたけれど、来年は、いよいよ、この数秘術の特別講義を予定しておりますです。

四柱推命の命式を出せれば(生時は不要)OKでございますです。

だいたい1月か、その頃になるかと思いますです。

ドバッと秘伝を公開しないと、時間切れになってしまうのでは…なんて、すこし浮足立っているのかもしれませんですね。

しかし、まずは記憶していてくださいまし。

2019
10.28

ちと焼き過ぎてしまいましたけれど、シシャモの季節が到来いたしましたです。

なにごとも旬があるものでして、恋もまた例外ではございません。

焦って手に入れよーとしても、恋という果実は傷つくばかり。

ジッと待っていれば、手のひらに恋は熟して美味しく落ちてくるものであります。

また、恋は、その寿命をしるものかもしれませぬ。
昨日までは、そのような気配を見せなかったのに、ほんの会話のすれ違いから、雪が解けるように手のひらの指の隙間から去ってしまうのであります。

いや、気配はあるのであります。

熟す恋のばあいは、意味のない電話やメールを装って知らせますです。
滴り落ちる恋も、
「先週の月曜日に、渋谷に行ってきたの」
「聞いていなかったな」
と、かすかな不協和音を奏でるのであり、会話の端々に視線の変化をうかがえる単語が弾けているものでございます。
笑ってもいちまつのいら立ち。利害という別モノが棘となっております。

手のひらの熟した恋ならば、ぼさぼさな会話でも濃縮した甘さ。

いずれにしても仕方のない時の流れなのであります。

北の河川にはシシャモの群れが川面を黒く染めているのでありましょーか。

あとは焼き過ぎぬよーに、火加減だけに神経を込めていればイイのであります。
恋の始めには失言も許されます。
去り行く恋は、すべての言葉が氷の刃となるのであります。

一日、また一日と去る者は薄れゆき、その切なさは、
「昨日我慢できたのだから、今日だって逢わずに耐えられる」
と、意志力に頼るしかありません。
そのうちに新しい恋が、空白の領域を染めていくものでありましょう。

すべては運命、時の流れなのであります。