2011
03.05
03.05
1993年頃のものでありましょうか。
懐かしい写真の一枚でありました。
TVの深夜番組などを渡り歩き、なんとか食いつないでいたのであります。
そして占いプロダクションのようなところから放り出され、どうしようとおもっていたときに、
「おいおい十傳サン、僕の仕事をたすけてよ」
と声をかけてくれたイベント会社の社長がおりました。
その人のおかげで、数名の占い師をあつめてはイベント鑑定。
ぼちぼちと独立をスタートさせていた頃であります。
占いは、
①TVなどに出ているパフォーマンス組
②鑑定を主体にする本格派
③本だの雑誌だのに原稿を書く研究派
の三つに分かれております。
①がもっとも華やかではありますが、どうでしょうか、けっこう危険な分野かもしれません。
そこそこ収入があり、かつ顔は知られないという自由を求めるのであれば②か③でしょうねぇ。
いまは鑑定を主体にしなくても携帯占いなどもありますから、工夫次第でなんとでもなりそうではあります。
が、カラスを肩にのせていた時代は、
「借金しているのか?」
と古い友人から皮肉な心配をされたものです。
なにしろ占いをハズすと上から白い粉が降りかかり、飯島愛などが手をうちながら笑い転げるという下品な出来。
自分でも情けない姿でありました。
老母などはTVに私が出たら、たちどころに消したそうであります。
もともと漫才などのどこが面白いのか分からなかった私でありますが、そのころから、ますます喜劇というものに笑わなくなったのであります。
けれど、懐かしい時代でございます。
私の笑顔も、なんとなく生き生きしているではありませんか。
1993年・・。当時私は小学三年生でしたので、深夜番組のオノ先生は観られませんでした。観たかったなぁ。
もうすぐ1993年まで住んでいた町を訪ねます。
私もいろいろございましたが、タイムスリップ楽しみです!
●十傳より→むかし住んでいたところに帰ると、思い出せなかった友人の名前が上から下まで思い出せたりいたしますです。不思議です。
かわいい笑顔の先生ですね。
なんか、汚れてない…って言ったら失礼ですね!ごめんなさいね先生。
先生って、見る写真みんな違う顔に見えます。
今の顔…特に、先日のモリオカ行きの新幹線内での写真のお顔が、あたしはいちばん好きです。
●十傳より→いやぁ、自分でも汚れたとおもうのであります。
汚れたと自分で思うときは汚れていません。
オノ先生の本の中に「わたしは汚れた女」という章があります。
「自分は汚れた女なので結婚できないと諦めかけた女性がいます。「本当にそう思っていますか?結婚できない理由が別にありますね」「・・はい。カレが若い子とお見合いしたので・・駄目かと思って」「ほらね。汚れた女性なんていないんです。」とありました。
●十傳より→当時と比べますと、雑巾のようにシワが目立つのであります。汚れたというより綻んだのでありましょうか。
男が顔が変わるという事は成長した証なのです。
シミシワは塩風と過度の飲酒とタバコとセックスの影響でしょうね。
小野十傳さんのお顔は「飢餓海峡」の犬飼を彷彿させます。
●十傳より→それでは勲章でありますね。この顔は。飢餓海峡は内田吐夢監督が映画化し、主演は三国連太郎でしたかな。
好きな占いで生きていくことを選択しても、
我慢しなくてならない仕事があるのですね
銀座鑑定も苦手な人種を相手にする事が
多かったのではないでしょうか…
あたしの今の仕事は、生活の為です。
といっても、ラヂオ体操と同様に熱く働いています。
どうせ同じ時間を過ごすのだったら、熱く…です。
まぁ、常に熱いと反動が凄いですから、
りり様ご推奨の
お仕事中、<時には娼婦のように>体操の振り付けを考案しては
心の中でニヤニヤしていたりするのですが…
プロフィールと10/21と
クラブブログ10/12・10/28の写真が好みですね。
昨日、会社の敷地内で蕗の薹を見つけました。
食すのは…ですが、
誰よりも先に見つけるのが嬉しいんですよ。
●十傳より→私だとて生活のために占いの仕事をしていますです。占いの仕事は、人間として最低だと師匠に言われたこともあり…でございます。