03.02
『あらざらむ この世のほかの思ひでに いまひとたびの逢ふこともがな』
もうエロ訳なんて必要がありませぬね。
「わたしはいま病気に伏せっています。死ぬかも知れない。せめてあの世への想い出に、もう一度だけ、あなたに逢いたいのです」
逢うという文字は、又に棒が突き刺さっている形です。しんにゅうがありますから、セックスするために出向いていきたいという意味にとれますです。
ちなみに会うならば、「家のなかで云う」の形でありますれば、お喋りするためにあいたいということになるのでありましょう。
また、逢うと書いて「おう」と発音いたしますです。
「おう、おう」という快楽の遠吠えが聞こえてくるようでありますですね。
病気で死にそうなのにセックスしたいとはまた、なんと元気なお女性でありましょうか。
まぁ、私メも若い頃は、風邪をひいたりして寝ている時など、妙な煩悩にさいなまれ、八回ほども自涜した記憶がございますです。最後は空ふかしでありましたけれど。
しかし、精力絶倫の和泉式部。
その証拠をお見せいたしましょうか。
・橘道貞と結婚いたします。ふたりの間に出来たのが子式部内侍でございます。
・冷泉天皇の三男坊の為尊親王と恋愛。浮気でございますね。
が、この親王とは死別。
・ここで夫と離婚いたしますです。
・藤原保昌と結婚いたしますです。
・子式部内侍と死別。
このほかに、式部のためにカッパのような雨具を借りてきた少年に愛を告白されて、部屋に引き入れたり、我が子の道命と母子相姦をしたという噂も…。
が、本当のところはどーなんでしょうか。
遊んでいるっぽいお女性より、真面目に仕事に打ち込んでいるっぽいお女性の方が、なんとエロイかを、私メ……いやいや、みなさまも体験的にご存知かと。
じつは不感症だったかもしれませぬ。
「黒髪の乱れもしらず うち伏せば まず掻きやりし 人ぞ恋しき」
なんて歌も詠んでおりますです。
昨夜のセックスの名残りの髪の乱れに、その相手の男を思い出しているという意味ですが、「掻きやりし」というのも意味深であります。
官能の激しさを知らぬお女性が、得意になって自慢しているようにも聞こえるのでありますです。
昼下がりのファミレスで、耳を澄ましていると、スケベ奥さまたちが似たような会話を楽しんでいることを思い出しました。
「彼ったらね」
「また新しい男と不倫してるの?」
「いいから聞いて、彼ったら私の目の前で、ほんと目の前でよ」
「どうしたのよ、目の前で」
「アレをね、ゴシゴシしごきはじめたの」
「わっ、でどーした?」
「くわえたわよ」
「それで、さっきからご飯たべるの遅かったんだ。そんなにデカかったんだ」
「えへへ、顎がはずれそうだった」
嬉しいー!大好きなんですよ、エロ百人一首!
「イク野」の子式部内侍の、お母さんですね。
それにしても、先生はどうしてそんなになんでもよく知っているんですか?すごい博学…。
ファミレスで、周りに聞こえる音量で下品な話をしている女性たちは、
童貞くんたちのミーティングみたいですね!
「女のアソコってさ…」
「えーマジで?」
って、とても楽しそうでした。
未知のことだから、激しく心惹かれる…ってありますよね。
和泉式部は、その先に待っている深ーい官能を知りたくて、この男もダメだった、この男なら今度こそ…って感じで、
このような、ちょー肉食系になったのかな~なんて思ってしまいました。
逢う…
だから、大人のその時間を「逢瀬」って言うんですねぇ…しみじみ。
映画「逢い引き」も、ですね。
●十傳より→若い頃はさかんに使っていた「逢」の文字でありますが、いまでは下心を隠すために「会」の文字がもっぱらでありますです。
以前、中学生だった頃の長女が百人一首を勉強していたので私も負けじと句を検索したら一発でエロ百人一首のサイトに着いてしまい、現れる人は皆赤褌一丁の世界に浸って時を過ごした事がありました。幼稚園から御伽噺が消え去るのも当然ですが、中学校の先生方はどの程度研究されて百人一首を説いているのか、面談の時にでも問うてみたいと思う私であります…
●十傳より→教員は、文部省みたいなところの教育指導書とかなんとかにそって授業しているのではないかと。まぁ、ロボットだありますね。知りたいのは、そもそも教員を目指した理由についてでありますです。
最高です!!
●十傳より→ありがとうございますです…と素直に受けますです。