2019
06.10

梅雨に入り、今日は朝から雨降りであります。
事務所で、お客様を待っているのでありました。

さきほど昼食に即席ラーメンを食べ、インスタントの珈琲を喫し、部屋の掃除も済ませたので、もう何もすることもなく、降る雨を眺めつつ、ぼんやりしているのでありました。

土曜日から日曜日にかけ、十傳スクールで疲れておりますので、雨に閉じ込められた空間の静けさが、とてもありがたいのでございます。

十傳スクールの次の展開を、あれこれと妄想するのも、雨の日なればのことでありまして、今年ももう半分近くが過ぎたのか…と、気分は夏の次にくる季節に飛んでいるのでありました。

とは申しますものの、雨は心の半分を、ちと卑猥にすることも確かでございます。
終わってしまった物語を、最初の出逢いからなぞり、原因と結果の因果をあてもなく推理しては、
「なるほど…」
妙に納得したりもいたします。

けれど、未来の出逢いは、あまり思い描けませんです。

ポリポリと煎餅をかじっては、すずとアリスの物語に思いを転じたり、ため息をついたり、空調をつけたり止めたり。

隠居のためのモリオカの実家の母屋のリノベを夢想するなど、雨の日はひとつに考えがまとまりません。

けれど、雨の日はなんとなく充実感を得られるのでございますです。

2019
06.07

紫陽花で、3月からの春の花はお仕舞いになるのであります。

雪柳からはじまり、いろとりどりの花弁を開かせた花々は、梅雨に入りますと、しばし花の季節を終わらせるのであります。

観察しますと、お女性もある一定の年齢に達しますと、表舞台からそのお姿をお隠れあそばすよーでもあります。
そーして40代後半あたりからリバイバルし、色仕掛けで仕事に精を出すことが特徴であります。

もちろん、この例には含まれないお女性もたくさんおりますです。
またお隠れあそばす年齢もまちまちであります。結婚、子育て、その他の理由で、忽然とお隠れあそばすほど、その後の復活は鮮やかなのでございます。
地味だったお女性が、脱皮した蝶の如くあでやかにリバイバルするわけでして、そのすべてが成功へとはばたくのであります。

おそらく、
「この世はお金なのだ!」
と、お隠れの間に、世の中の真実の一端を悟るからでございましょう。
愛だの恋だの真心だのという胡散臭い言葉からご卒業し、たとえばNHKの朝ドラという国民洗脳番組などに屁をこきかます聡明さを身に付けるからに相違ございません。

先般、北方領土問題で、戦争をして取り返すしかないという誰もが思っている真実味のある発言をした議員を、よってたかってイジメているよーでありますが、その渦波から離れて傍観し、「どーでもいいけど、この世はお金よ」と悟るお女性こそ、しぶとく成功するのであります。

花は、もはや春の可憐さを雨に捨て、次の花の季節には、ふてぶてしい夏の花として毒を放つのであります。
「バカ者ども、いつまでも甘ちゃんだと思うなよ。根こそぎだまし取ってやるから覚悟しろ」

そーいうお女性に、私メは痺れるのであります。
「ああ、ダマしてくれ。こちらも本気でコロしてあげるから」
以前にはなかっただろうウエストの脂肪を背後からつかみ、奥の軟骨と軟骨をすりあわせつつ、花の復活を祝うのであります。

春の果ての花、紫陽花は、可憐なお女性が成人するための変幻を贈っているよーにも見えるのでありますです。

2019
06.05

新聞を開きますと、サッカーとかテニスとか野球の記事が載っております。

本気で読んでいる人々がいることが不思議でなりませぬ。
選手であれば、自分のことなので読むのは当然かもしれませんですが…いやいや、私メは私メの出演したTVも、雑誌に書いた占いなども、まったく見たことはございませんです。

ましてやアカの他人のスポーツなどを、ご覧になるお方の気持ちが不可解でならないのであります。政治のことも同様。また、サシハラさんのどこが良いのかも分からず、これはついに時代に取り残され始めている現象なのだと、おかしいのは自分自身だとも思い始めておる次第であります。

せんだっての包丁で殺された現場にお花を供げに訪れる人たちの神経すら直視できないのでございます。一か月後、半年後、一年後も供するのであればでありますけれど、花屋は繁昌でしょうねと、思うばかりであります。人の不幸をあそぶなと論すれば、お怒りが集まりそーなので、「良いではないか、まぁまぁ」なんて眉毛を上げてはおりますです。

つい、この前までは天皇への一般参賀あたりが理解不能でした。

しかし、これではいけませんです。なにしろこれでも易者でありますから、悪意も善意も、肌で理解できないよーでは失格なのであります。

麻薬を吸ったお方をさんざんに叩いていますが、そのお方が罰金を払ったりすればイイことでして、他人が大騒ぎする必要もなく、面識もない芸能人の結婚や浮気について語るのも愚かでございます。

ツツジを眺めておりますと、どれもこれも狂人が口をあけて怒鳴っているみたいに見えてしまいます。
私メの知らないところで、野球やテニスに熱中すれば、いくらかでも儲かったり利益になるシステムがあるのでありましょーか。犯人についてコメントすれば、少しでも自分にプラスになるのでありましょーか。

TVに出た店が行列になったりしておるのを見ても「ホントはあまり美味くはないはずだよな」と絶対に行かないぞと決意したり、流行のファッションの記事を読んでも「あの恰好だけはよそう」と参考にはいたします。

しかし、「エスカレーターでは駆け上がらない」というマナーをたちまち守る東京駅の人々を見ては、唖然としてしまうのであります。

そして、そーいうお方に気を取られる私メもどーしよーもございませんです。

これは隠居間際かもしれませんですね。