2021
10.17

空腹で目覚めたのでございます。

スクールの日は、結局は体力勝負。
朝食にすべてはかかっているのでございます。

「奇門遁甲カレンダー2022年上半期」のカレンダーを10部ほど作成し、事務所の掃除をしましたら、大汗をかいてしまいました。
それからキッチンでおもむろに朝食をこしらえたのでございます。

サンドイッチと海苔のご飯。
目玉焼きとポテトサラダに、キャベツの油いため、豚肉、目玉焼きをテキトーにつくり、汗を拭きながら、むひむひと胃におさめるのでありました。

さあ、断易NEXT科の最終回。
いままでの私メの経験と知識のすべてをこめまして。

おかげで最後までパワー切れにならずに終えることが出来たのでありました。

開業のためのアドバイスも少し語りまして、グッドバイバイ。

始まりがあれば、終わりはかならずやって来ます。
まさに「合は冲を待つ」の断易の原則通りであります。

そして、やがていずれは「冲は合」が来ることでございましょう。

断易NEXT科のみなさま、お疲れさまでした。
みなさまの偉大なるシツコサに感服いたしましたです。

2021
10.16

占いの仕事も様々であります。

お客様を相手にする外占(外で占うヤツ)や宅占(家で占うヤツ)だけでなく、TVなどでやるパフォーマンス占い師もいれば、雑誌や著書を主にするアカデミックな占い師。また占い館を経営するビジネス占い師。さには占いを教える占い師。
かぞえればキリがございません。

そして、それぞれが縄張りのよーなものがあり、アカデミック占い師は、パフォーマンス占い師のことをよく知りません。

その点、私メは、ちょっと特異な体験をされてもらったものだと、いまになって感謝しておるのであります。

いまでこそ、占い師との交際は意識的に断っておりますが、占いを勉強していた頃は、社交的な人間を演じておりました。
ですから東洋や西洋の占い師、老若男女の占い師を知っておりました。

それが幸いいたしまして、イベントの仕事が入って来た時も、素早く対応したものであります。
各占い師のプロフィールファイルを勝手に作りまして、イベント会社との交渉にも自信満々。

しかし、いちどだけ大失敗をしたことがございます。

埼玉県の自動車会社の各営業所48か所に三日間にわたって占い師を配するというイベントでありました。
48人ともなると集めるのが一苦労。

そこでアナを開けてしまったのでございます。
女占い師が薬中で、男とホテルにしけこんだまま、イベントに出てこなかったのでございます。
弁賞金は消費税込みの55万円。
そのイベントは、別の占い師からの、
「オノさんの顔でなんとかならない?」
同業者間の、危うい話でありました。
ワナかもしれないと疑いつつも、断り切れなかった私メのミスでございました。

で、画像の話なのであります。

イベントは、まず占い師が定刻に来るか、からはじまりトラブルはしないか、スポンサー側と勝手な通じ方はしないかなど、神経が擦り切れますです。これが泊まり込みになりますと、
「このホテルは霊に取りつかれている」
などなどへとへとになるのであります。

でありますから、イベントが終了した時は、もうぜったいにお女性のオッパイは必要不可欠であります。
溺れなければ干からび寸前なのであります。顔をうずめて泣きたいのであります。

もう、イベントから足を洗ってずいぶんであります。

どーなっているのかと、ときどき思い出したりいたしますです。

2021
10.15

私メの仕事は、世間から言わせれば非常識な方法で、相談者の「しやわせ」の追求が究極でございます。
が、「しやわせ」とはいったい何か。

職業上、この点を、あたかも哲学者の如く思考するのでございます。
一般的には、お金の有無だと言われております。

これまでのブログで、「自由」「健康」「お金」というのが私メの自論でございます。
お金と健康と自由が釣り合ってこそ、しやわせを体感するという意味でして、お金をたくさん持っていても、健康に難があれば、それはしやわせとは申せません。

同様に、元気でもお金や健康が脅かされてもダメ。
自由ばかりあってもお金に苦労していては人生を謳歌することは無理というものであります。

運命学には、しやわせの測定として、富・貴・福・寿などが挙げられております。

が、しやわせを堅苦しく考えると、そーなりますが、
「幸せ!」
と歓声を上げる瞬間はいくつもございます。

目指すお女性、あるいは男と恋が叶った瞬間。
いやいや、もっと身近に、仕事を終えた居酒屋で飲む一杯のビール。
焼き鳥の塩っ気をさっぱりさせるピールを喉に流し込んだ瞬間は、極楽でございましょー。

けれど、
「しやわせな人生ですね」
などと言おうものなら、手で追い払われるはずでございます。
本当のしやわせとは程遠い。いや、求めているしやわせではなく、逃避としてのしやわせだからでございましょー。

私メ自身を振り返りますです。
別に易者を目指して易者になったわけではございません。
でも、現在の、誰にも使われず、自分の時間を自由に使えるという生活は、
「しやわせ以外のなにものでもないだろー」
と思っております。

それなのに仕事が山ほどある時などは、
「はやく終えて、しやわせになりたい」
などと勝手なことを願うのでございます。
「はやくウィスキーを飲みたい…!」と。

いずれにせよ、しやわせの種類を考えた時、お金だけではなく、お金があってもなくても、そこに自分がほんとうに望む生き方があるのかもしれませんですよ。

とは申しましても、お金は重要であることに変わりはございませんが。