2017
06.24

岩手山の眺望のきく旅館の一室で、怠けているのでありました。

なにもかもが遠い世界のことだったような気がいたします。

風呂に入ってから、連載の仕事をちゃちゃちゃと片付け、あとは料理に箸をつけつつ酒を呷るだけ。
法事の親族とは離れた部屋ですので安心であります。

手ぬぐい掛けにかけた手ぬぐいから温泉の匂いが部屋中に満ちているのでございます。浴衣の背中にかいた汗が、ここちよく冷え始め、ふと脈絡もなく南国に思いを馳せたりするのでありました。

「皆様がお呼びですが」と電話があるのに、若い仲居さんが戸の外から声をかけるのでありました。

「寝ているらしい、と伝えて」
嗄れ声が、まだ残っているので、こういう雰囲気では渋いのであります。

窓を開けますと、初夏の空気が入ってまいります。

「すべてはどーでもイイことなんだよな」
もういちど呟くのであります。
それから明け方に見た夢を、かみしめるように思い出すのでありました。

2017
06.23

東京では、他人の生年月日をもとにして収入を得ている私メでありますが、郷里では、身内の命日に忙殺されるのであります。

老母の趣味は、葬式と法事と墓参りなのでありますから。ウキウキと浮き立つのであります。

「あや、今日は佐賀美ネェさんの祥月命日だぁーん」老母に言われまして、人里離れた山奥の墓地まで参りました。

佐賀美ネェさんとは、亡父の姉、つまり伯母であります。
死んでから41年目でありました。

昨日から、じつは気づいていましたが、言えばおそらく「連れてってけねえんか」とお墓への運転を頼まれると確信していましたので、トボけておったのであります。
いちにちムダなるわけであります。

が、結局は、山を越えて北上山地が、木々の間に間に眺められる墓地に。

<サガミオバシス>という電報を大久保のアパートで受け取った時の記憶は鮮明であります。23歳だったかの勃起盛りの頃でありました。お女性の忘れてった赤い傘をさして、雨の夜道を濡れながら、大久保駅の公衆電話まで走り、詳細を聞いたのでございます。

明日もまた別の法事。
享年月日の占いは…と考えましたが、何を占えば良いのでありましょうか。「死後占い」も面白いかもしれませぬ。
あるいは、身内の享年月日で、残された家族の行く末を予言するというのも斬新でありましょう。
悪徳占い師が多数出現しそうな気も致しますです。

「おいおい」
とクルマに戻る私メに声をかけた亡霊がおりました。
「分かってる、分かってる」
と、伯母の夫の与一郎氏のために、墓に戻りタバコを一本供えたのであります。
タバコを吸いたいと言いつつ死んだ義伯父でありました。

この伯父が死んだのち、1年と数日して、伯母は急死。
なにか因縁がありそーであります。
フーム、享年月日占いか…。

開眼!!!

2017
06.21

雨が朝から発狂した如く降るのでありました。風もございまして関東は暴風雨なのであります。

嬉しくなってドライブをいたしましたです。

前を行くのはフェアレディZ。いにしえの名車でありまして、やはり嬉しくなったのでありましょう。

雨のためにラッキョーヘルの自転車野郎もおらず、年寄り連中も老木のウロで嵐の過ぎ去るまで身をよせているらしく、道は走りやすいのでありました。
取り締まりのあるわけもございませぬ。

口をついで出てくるのは、なぜか「君の行く道」
♪きみのぉ、行く道は果てしなく遠いぃぃぃぃ♪
かすれ声で「うるせバカ!」と歌にケリを入れるのでありました。
♪きみのぉ、あの人は、いまわぁ、もういないぃぃぃぃ♪
「このお節介めが、自分のことを心配しろ!」

この現象は、激しく上機嫌だという証拠なのであります。

かすれ声は腹に力をいれないと、ちゃんと声が出ないのであります。
ですから、いつもより空腹になる時間が早いのであります。

博多ラーメン屋に寄るのでありました。昨夜も食ったのですが、本日もであります。

雨の日のとんこつは申し分なくしやわせになるのであります。

しゃがれ声で「ばりかた!」。
これでイイのであります。

街から人が絶えたよーに、雨ばかりが逆巻いておるのであります。

雨の日を、もしも不運の期間だとすれば、不運にも不運なりの楽しみ方があるのでありましょう。

茹で餃子のしろくふかふかな感触を味わったとき、ふと思いましたです。

やわらかな乳房を後ろから抱きしめながら、カーテンの隙間の雨の模様を眺めるのも悪くなかったかもですね、と…。