2021
10.21

占いは他のお勉強とは、少し違うのであります。
そこで、土曜日から「新生四柱推命初等科」がスタートすることもありますから、お勉強の姿勢をすこし述べたいと思いますです。

まず、いちばんに大切なのは、
〈霊感を働かせてはけいない〉
占いを目指す方々は、自分は霊感が強いと、妙な自身を持っているケースが多いと思います。
しかし、霊感は、占いのお勉強にはマイナスに働きます。

占いは、霊感ではなく、推理であります。
占いの原則から、いくつかの可能性が導き出されます。
その導き出されたいくつかの可能性から、
「これは違う」
と推測されるものを消去していき、残った一つの可能性を提示することが占いであります。

そこに霊感の入る余地はございません。

もしも、霊感が強いと自信をお持ちであれば、ロト6を2回連続して的中させられるなら、これはもう占いを学ぶ必要はなく、霊能者として世界に君臨できるわけで、それ以外の霊感は妄想と置き換える必要があります。
よく「お金のことは霊感では分からない」などというお方がいらっしゃいますが、「お引き取りを」でございます。

次に大切なのは、
〈予習はしない〉
占いのお勉強は、「純」でなければいけませんです。
予習して、知識をひん曲がって覚えてしまうと、最後まで、そのひん曲がった知識が邪魔をいたします。
皆様の中に、すでに別の教室で占いを学んだ方は、その知識をゼロにして臨んでいただきたいと思いますです。

占いとは、他の学問と違い学際性がございません。研究会などで討論して知識を共有するシステムとは、根本的に異なりますです。

そして、
〈当たりハズレにこだわらないこと〉
学びたての時は、いろいろと占いたくなるもので、多くの場合は、
「外れた…」
そして、
「おかしいぞ。教え方が悪いのではないか」
疑問だけが浮上するものであります。当たらないのは当たり前。当たってもまぐれであります。
なにしろビギナーなのですから。
半年以上、猛勉強してはじめて「なるほど」の判断が下せるものなのであります。

あとは、
〈情報に振り回されない〉
じっさいに、その目で見たものだけを信じること。
心が狭いとかの問題ではなく、リアルさを身に付けるためであります。

以上の事柄を、頭に入れておけば、占いのお勉強はグンと上がりますですよ。

2021
10.20

あれから…、あれからと申しますのは、先日、サンマーメンのお話をUPしてからでございます。
二年ほど閉まっていた、定食屋が再開したのですが、そこは以前の店名のまま、別の料理を出す店として復活しました。
以前の、みどり(勝手に名付けた)という女将のこしらえるサンマーメンがとても美味く、
「もはや食うことは出来ないのか」
あきらめきれずに、ほうぼうのサンマーメンを食い漁ったのでありました。

そのたびに、
「…ちがう」
落胆の連続でございました。

が、違うのは私メであり、食い漁ったサンマーメンこそが、本来のホンモノのサンマーメンだと、本日、悟った次第でございます。

ホンモノのサンマーメンも極上のお味であることは、ここで宣言しないといけませんですね。

しかし、求めていたものは偽物のサンマーメンでありますから、
「モノにしておけば良かったのか…!」
みどりと通じておれば、いつだって食えたはずという意味でありますです。

本日、ホンモノのサンマーメンをすすりながら、
「卵を散らしていない!」
そのことに気づいたのでありました。

湘南から消えたラーメンに、『城門ラーメン』がございます。
城門ラーメンを、簡単に申しますと、とろみの付いたモヤシラーメンに卵が散らしてあり、生姜を効かせたものでして、汁の底に残る挽肉を最後まで味わう喜びに酔うものであります。

みどりのこしらえたサンマーメンは、城門ラーメンから生姜を差し引いたものだと思い当たったのでありました。

偽物にこそ愛着を覚えてしまう不幸は、恋愛にも相通じるところがございます。
フシダラなお女性に恋してしまい、似たよーなお嬢様と付き合い、周囲に羨望されつつも、
「違うんだよなぁ」
物足りなさに、いまひとつ心が燃え上がらない、あの状態でございます。
そーなってしまうと、どちらがホンモノなのか分からなくなりますですが。

滅びてしまった城門ラーメンを求める旅が始まりそーであります。

2021
10.19

姓名判断では、もっぱら画数を重んじておることは、周知の事実でございます。
「一」なら一画。
「田」なら五画。
このよーに数えることに、なんら不思議を感じず用いているのでございます。

姓名判断による画数は、じつは日本独自によるものでして、その歴史も浅いのであります。
もともとは漢字の意味を重視しておりました。

命名でも、四柱推命で、土行があれば幸運になるという命式であれば、名前に「佳」などを付けたのであります。「佳」は土が二つ隠れているからであります。

明治時代に、戸籍の関係で、百姓でも苗字を持つように定められ、そこの目を付けたのが、熊崎健翁という占い師。
そこから画数占いが始まったよーであります。
出鱈目といえば出鱈目。
しかし、占いは、パクリか出鱈目なのであります。
言い方を変えれば、「相伝」か「オリジナル」ということになりますが。

では画数は何か。
画数ではなく角数と呼ぶのが本当のところであります。

画像の、1から4まで、もともとはこういう書き方であります。
そして赤い半円の数が、角数。

5と6と8も、もともとの形に戻しまして、角を数えますと、5、6、8と現れるのであります。

そして角がないのがゼロ。0となるのであります。

「7と9は?」
それはご自分でお考えを。

こういうことを考えていきますと、10月はどーしてoctoberなのか。
ラテン語というかイタリア語では、ottobreが10月であります。
が、10の数はdieciでございます。
ところが8をottoと書きますです。

つまり10月は、じつは8月ではないかという名残にぶつかるのでございます。
ちなみに7はイタリア語でsette。9月はsettembre。
9はnove。11月がnovembre。

これら2ケ月のズレに、西洋占星術の成立時期の謎が隠されているよーに感じたりいたしますです。
つまり地軸などのズレでしょーか。
北極星も、二六〇〇〇年周期で歳差運動によって地球から見れば動いているのであります。それらを計算していくと、72の数を大切にするゾロアスターなどが浮上したりして、面白いというかバカバカしくなってくるのでございますです。

じつはいま、命名の依頼をいくつかいただいておりまして、頭が狂いかけておるのであります。