2020
07.05

見ようによっては卑猥なオブジェではありますが、本日は、この茹で卵と水で、十傳スクール四柱推命卒論科の講義をきりぬけるのであります。

一人でジョークを飛ばす虚しさはありまいすが、もしかするとラジオのディスクジョッキーもこんな感じなのかもしれませんですね。

ウケているかどーかなんて考えず、自分が楽しければイイのだと、講義の合間に息抜きのトークを挟むことにも、すこし慣れてきましたです。

九州の受講生もおられ、もしもリモートをしていなかったならば、東京の会場に来られたかどーか分かりませんです。それほどネットのニュースで報じられている大雨はすさまじいのであります。

こういう面からも、リモート講義にいちはやく踏み切っていて良かったのであります。

さて、7月7日の七夕の日から月の節入りとなりますです。
パワーボックスおよび開運植物の移動は、南東か北東がよろしいかと存じますです。

南東は、甲×癸、天英星×杜門、七赤×直府であります。

もしも先月に南にパワポ&開運植物を設置したならば、北東に追加することが理想的なのであります。

また北東は、壬×戊、天輔星×生門、二黒×九地であります。勝負に勝利する意味があります。

また、西にもまずまずの方位がございます。
丙×乙、天冲星×驚門、一白×合。気の強くなる効果がございます。

これ以外はダメであります。

2020
07.03

疫病の大流行のためにおパンツも買えずにおりました。
そしたら、いつもの店は「本当の閉店」とかの張り紙が。30%オフということで、水色のヤツを買い求めたのでありました。

衣食住の三大ナントカは人間に必要な物なので、不景気になっても大丈夫だと小学校だったかで教わった記憶がありましたが、今回の疫病では衣料業界は大打撃ではないかと。

なにしろ、ホストクラブが休業していたために、常連客であるお女性はブランドモノを買う必要がなくなったのであります。着飾ざることもなくお家のすみで年老いていったのであります。
男も同様。
まぁ風俗店にオシャレしていく男がいるかどーかは知りませんけれど、あそこは服を脱ぐところではないかと。

ならば、いややはり小便臭いおパンツはいけません…と勝手に思いますが、それは個々の趣味。なにしろ、私メはフーゾクとソープには行った経験がないのであります。

オッパイ占いなどの取材では行きましたが、客として入ったことのない未知の世界なので、詳細に述べることは不可能。
オッパイパブとかには行きましたです。
同行の男編集長が、オッパイにかぶりつき興奮のあまり眼鏡を曇らせていたのは懐かしい記憶。

東京では、ふたたび疫病が、それら夜の街で流行り始めているとか。
彼らのほとんどは都知事選の選挙投票に出向くはずはなく、ならば取り締まりをキツクしても政治家は痛くもかゆくもないはず。

が、「まだ大丈夫」とかであります。

「そーか」
合点したのは、これはヤクザからの政治資金が原因か、と気づいたからであります。
フーゾクを仕切っているのはヤクザでありましょう。芸能界もヤクザの世界であることは、どんなに否定しても否定できますまい。

疫病はヤクザの資金元を脅かしているのでありましょう。
そして政治家もヤクザと結びついているからこそ、
「もういちど自粛要請を出すぞ!」
とは言えないのでありましょーか。

新しいおパンツをはきつつ、妄想たくましくする梅雨の午後でありました。

2020
07.02

モリオカの新しい納屋には未整理の包みがあり、その中からアルバムか出現いたしました。

母方の祖父のアルバムであります。蛇腹式のアルバムの裏に、右の一枚が隠されておりました。

うら若き美女であります。
たった一枚だけ。

すでに百年が経過しているわけでして、どういう関係なのかを知る人はいないのであります。

ただ、この美女の一枚とも祖父の写真が折りたたむとキスを交わすように重なり合って貼られていたことに、想像力を刺激する意味があるよーに思うのであります。

祖父は、母の母であるフラッパーの祖母と結ばれたのでありますから、この美女と、私メとの関係はないのであります。

これが祖父であります。
昭和18年あたりには病死しておりますから、会ったことはございません。
墓石にその名があるのみ。

美女と祖父はアルバムの中で百年の間、くっついてい離れなかったのに、私メに何の影響も落とさなかったことが不思議でなりません。
実らぬ恋とはそーいうものでありましょう。

自分という存在を考えるとき、古い写真を眺めるのは無駄ではございません。

何のために自分は、この世に産み落とされたのか。

もしも祖父と、この美女が結ばれていたなら、私メはこの世には存在しなかった。実らぬ恋のために、私メはこの世に存在することとなったと考えたとき、
「この命は…」
自分の命でありながら、自分の命ではないとも思えるのであります。

そして、
次のページに、剥ぎとられた一枚が、主の写真がないまま痕跡だけを残しておるのであります。

大正十五年一月元日上海の写真館で写した一枚が失われているのでございますです。

祖父は上海で仕事をしていたということは知っておりましたです。美女とは上海で知り合ったのでございましょう。

百年後、体内をめぐる自分の血の底の、海鳴りに耳を澄ましているのであります。

しかし、いずれにしても、私メは、この命を占いという奇天烈なものに捧げている以上、この知識を、可能な限り、皆々様にお伝えしていくことしか道はないのであります。