2012
04.21

気温が20℃近い日になりましたから、そろそろ蚊の季節であります。
イヌにとって蚊はフェラリアという病気の元凶になりますです。

そこで犬猫病院へ。

「あらあら一年ぶりねぇ」
と女医さんは営業笑みのなかに〈なによほったらかしにしておいて…〉と微かな感情が動いているのでありました。

ロメオはド緊張で、硬い表情をくずしません。
「体重は一年前と変わってないわね」
あくまでも一年を強調する女医さんなのであります。

「血液検査もしたほうがいいわね」〈この一年、何人の女と遊んでたの?〉
「べつに大丈夫だとおもいますけど」〈キミだけのことを想ってたんだよ、逢いたかった〉
「目にはわからなくても、キッチリと調べた方がいいのよ」〈ダメダメ、嘘ついても。だって女の匂いがプンプンしているわよ〉

仕方なく、血液検査に応じることにしたのでありました。
〈本当かどうか、あなたのことも調べてあげたいわ〉
注射器の針を消毒する女医さんのほつれた後ろ髪は、このように語っているのでありました。

白衣の下が裸ではないはずなのでりますが、ウェストのあたりの布地のゆとりが〈ギュッと抱きしめてもいいのよ〉と誘っているようでなりませぬ。後ろからそっと抱きしめて、白衣のボタンをはずすと、すべるような肌が指に触れそうであります。

すると女医さんは、くるりと振り向きましたから、私メはあわてて涎を飲みこみ、意味不明の笑顔を作るのでありました。
その下心を見抜いたような冷たい視線で私メをいちべつし、手際良く注射針をブツッ。

「おりこうさんね、ロメちゃんは」
ロメオはじっと注射にたえるのでありました。
「大丈夫よ、すぐにおわるから」
女医さんはロメオに語っているのでありますが、私メを見上げ、白い歯から舌をのぞかせてニヤリとするのでありました。
〈でも、あなたはすぐには終わっちゃダメよ〉
とでも言いたげに。
〈ゆっくりと愛してね。さいしょは脇のほうから。そして焦らすようにポッチンにくちびるをあてるのよ。そうそう上手ねぇ、それを待ってたの〉

沈黙の診察室に、私メと女医さんの心の会話が音もなく絡まるのでありました。それは息苦しい時間であります。部屋の温度が2℃は上がったかもしれませぬ。

「はい、お疲れさま。検査の結果は10日ほどかかりますからね」〈そのときは覚悟しするのよ〉
「ありがとうございます」〈覚悟するのはあなたの方かもしれませんよ〉
「お薬は何カ月分がいいかしら。とりあえず三カ月分でいいわよね」〈あっちの方は三発くらいじゃダメよ〉
「ええ、じゃぁ、とりあえず、そのくらいで…」〈あなただって30回はイッテもらいますからね〉

犬猫病院から出ましたらメロオ以上に疲れているのでありました。
まるでラブホから出てきたように呆けた顔をしていたかもしれませぬ。

と、まぁ評判の色っぽい犬猫病院なのでありました。
近頃、動物病院がとみに増えましたけれど、この色っぽさにつられてオヤジたちで繁盛しているのでございますです。

2012
04.19

食事も旅行での愉しみのひとつであります。

が、そのホテルはバイキング。
私メは、このバイキングというヤツがはなはだ苦手なのであります。

バイキングのみならず、メニューからセレクトするのも辛い性分であります。
好きなモノを食えってんじゃなくて、美味いモノを出してほしいのでございました。

そこでウェイトレスの姉ちゃんに、
「なにか適当なヤツを持ってきてよ」
と頼んだところ、こういう品々を運んできたもらったという次第であります。

味はまあまあ。
しかし、焼酎が胃袋に沁み入るほどの美味でありました。

九州で飲む焼酎は、その気候に合うのかどうか、関東で飲むよりはるかに美味なのであります。
アッという間に、四合瓶を空けましたら、
「勇ましかごたるね」
とサービス精神旺盛に、次々に刺身をセレクトして運んでくれていた姉ちゃんが驚きの声を発したのであります。

こちらも調子づきまして、白ワインをフルボトルで注文。
しかし、こちらの方は、さほどでもございませんでした。

これは翌朝の朝食の残骸でございます。

竹筒には、五島うどんが入っていたのでございます。
これをトータル12杯。

さらに岩海苔とご飯とみそ汁。

朝から満腹でイイ気分になったのであります。

とにかく五島うどんは美味いのであります。
美味いモノを徹底して腹に入れることが正しいのであります。

周囲の旅行客は、私メの一丁食いに、あきれ顔。

ホテルの兄さまも、ホェーッと見ておりました。
モリオカ名物わんこそばを二年前に、150杯喰ったことがございますから、これしで驚くのは足りませんです。

食えるうちに、好きなモノを食っておかないと後悔するハメになるのであります。
それはメシに限ったことではございませんけど。

歯っ欠けジジイになってからでは、すべては遅いのであります。

なにごとも今が大事なのでありまょう。
今、今、今とこの瞬間を貴重にすることで、たぶん三日ほど先くらいの保証ができるのでありましょう。

三年先とか十年先の保障など、まったくアテにはできませぬ。それはマボロシの保障であります。
せいぜい三ヶ月後くらいまでは大丈夫だと思うのが関の山。

でありから、好きなモノを食い、好きなことに夢中になるしかないのでありますです。

2012
04.18

軍艦島の北に、池島炭鉱跡がございます。
船は、その島を目指しているのでありました。

この眺めは絶景なのであります。
心に傷がなくても、傷心の気持ちになるのでありました。

長崎市からほど近いのであります。
その昔、迫害をまぬがれたキリシタンたちも、この海の絶景を眺めていたことでありましょう。

船はしずかの海をほんとうにしずかに進むのであります。
デッキに立つとこころよい風が、ほつれた髪をなぶらせるのでございます。

いま心臓マヒで死ねたら、どんなに幸せだろうかと思うのでございました。

船には10人足らずの老人だけ。関西方面からの、やはりくたばりぞこないのアマチュアカメラマンであります。

これが、池島でございます。
湾は、じつは鏡池という池だったらしく、そこを切り裂いて湾にしたのだとか。

午前中の淡い日差しが、幼い頃を思い出させます。
「明日はオノ君を当てるからね」と女教師に恐れを抱き、化病して学校をさぼったときの、安心感と自由と、うしろめたさの混じった気持ちが、そっくりそのまま戻ってくるほどの、透き通った空気であります。

池島にはまだ数名の人間が住んでいるのであります。
インドネシアからの炭鉱の留学生の研修を、この島で行っているとか。
「ありゃーん、こったなどこかぁ」
「オラ、やんたじゃ。日本っていうから来たっつうのに、こったな淋しすぎるところはやんたやんた」
「オナゴもいねしなぁ」
なんて言葉が聞こえてきそうであります。

島には、五人の子供がいるらしく、それは大切にされておりました。

炭鉱夫になろうとしているのではありませぬ。
トロッコで坑内に入るには、こういうコスチュームをしなければならない規則らしいのであります。

坑内と聞いただけでエロチックな気分になるのは私メだけでありましょうか。
暗くしっとりと湿り気のある穴に、小人になって入り込むような錯覚を楽しむことも悪いことではありますまい。

するとアホー、アホー! と汽笛を鳴らしてトロッコか動き出したのでございました。
「入れてイイ?」
という合図の汽笛なのでありましょうか。

以前は坑内は女人禁制だったらしいのですが、いまは観光目的ならばOKとのこと。

トロッコは途中まで。

あとは徒歩で進むのであります。
係の老人は以前は炭鉱夫。丁寧に説明してくれるのですが、九州弁でしかもカクゼツが悪いのであります。
また泡をためて喋る習性あって、暗い坑内でも、唇に白く乾いた唾液がへばりついているのが見えるのであります。

「分かりましたか?」
と聞かれても、その白い唾液を見てばかりいましたので「え?」と訊き返す始末。

「こん人はバカたれだ」
と思われたに違いございませんです。

坑内から出ましたら、炭鉱弁当なるものが用意されていたのであります。

少しだけだな、と軽くみたら、しかしその弁当箱の厚いさといったら尋常ではございません。
ご飯がむねにつかえるのでありました。

が、わざわざ弁当をこしらえたオバちゃんが説明に来られたので、残すわけにもまいりません。

目を白黒させて、やっとのことで平らげたのでありました。

帰りには、係の元炭鉱夫のご老人五人が、総出で、船が見えなくなるまで、岸壁に立って手を振ってくれるのでありました。
唾で唇のわきを白くしたご老人もおりました。

もう会うことはないでありましょう。
みなさま、安らかにお瞑りくださいと、すこし早いかもしれませんでしたが、忘れぬうちにと、冥福を祈るのでありました。