2013
02.22

一ヶ月あまりのご無沙汰のモリオカなのでありますが、雪のかさは増え、痛いほどの極寒なのであります。

指先は痺れ、痒さをともなって皺だらけになるほどの寒さ。

お女性たちはオッパイを凍らせないようにと、分厚く外套で覆っているのでありました。
田舎の医者は信用できないといって東京の総合病院で乳がんの摘出手術をした飲み友達は、やっと音楽を聴ける状態になったとか。まだまだ導尿ははずせないとメールが届いたのでありますです。

凍結した湖畔をひとめぐりしようという決意はいっぺんでくじけ、転ばないようにと背中をまるめて実家にもどるのでした。

青空さえも、裏切りの青でございます。
青ければ青いほど背筋に氷をあてられたような寒さ。

散歩しようというモノ好きは誰もおらず、振り向いても振り向かなくても、私メがひとりとぼとぼと歩いているのみでございますです。

ストーブに手をかざしつつ、このブログを作成しているのでありました。

心配するのはお女性のオッパイだけではございませぬ。
我が股間も縮こまっておるのであります。

こういうときはおションぺンには要注意。
出し切ったと思っても、しばらくは便器に残心のポーズをしていないとダメなのであります。
トイレを出たあたりに、ヌラーッとお小便ののこりがズボンを濡らすからであります。

これは私メが老いたというのではなく、若者も同様に、たとえば飲み屋などでトイレから出てきた若者のズボンの太ももあたりが黒く染まっているのは、よく目撃する極寒の日の光景でありますです。
それがストーブに乾かされて、イカくさくなるのであります。

いちばん賢いのは、お小便といえども、便器に腰かけてスルのであります。
さらにはウォシュレットで前立腺のあたりを刺激すると、まだまだ500CCほどは出るのであります。
さいごにトイレットペーパーにて亀頭をぬぐう。
以上で完結であります。

「イカ臭い」
という言葉を我慢してオフェラするお女性のお顔をみるのも気の毒でありますゆえ。

2013
02.20

そろそろ暖かくなりますと、足のお指が気になるところでありまです。
サンダルからのぞくお女性の足指は、若い頃は意識しませんでしたが、年齢とともに、欲情をそそるパーツとなってくるのでありますです。

さてさて、足のお指のホクロのお話でありまずす。

足のホクロは結婚運と連動しているのであります。

たとえば、お女性の右足の親指にホクロがございますと、恋人がエゴイスト。それで恋の成就が困難となるのであります。自分がエゴという場合もありますが、いずれにせよ、「性格ブス」と呼ばれるかもしれませんですぜ。

これが男の左足の親指のホクロですと、お女性を次々に変えていく傾向なのであります。あるいは自分勝手なお女性とばかりつきあうハメになるとか。

第二指の場合、つまり足の人差し指でありますね。
ここは濡れ衣をきせられるホクロなのであります。男の犯罪の片棒を担ぎ警察沙汰。
そこまでは行かなくても「バカな女だなぁ」「あのバカ男がぁ」と笑いものにされがちでありますです。

第三指のホクロは、お金や名声のために、男を捨てる非情なホクロなのでありますです。
男も同様であることは言うまでもございませんです。異性をダマす天才ともうしても過言ではありまい。

画像の如くのホクロは、なかなか外からは見えぬものでありますです。
ぺろぺろしたって至近距離すぎて確認出来るかどーか。

が、射精後の冷静な目で確かめておいても損ではありますまい。
お女性の肌に触れるのもウンザリという気持ちをグッとこらえるのでありますですよ。そして足の方に顔を近づければイイのでありますですよ。
行為後のお女性の千歳飴の溶けたようなベタつく視線や会話には放屁で返事をしつつ、足の指のいっぽんいっぽんを観察することでありますですよ。

で、足指の薬指、つまり第四指のホクロはですね、無駄使いホクロでありますです。儲け話を持ちかけると、自分からズロースを脱ぎ棄てる性情の持ち主と断定してOKでありますです

最後に、足指の小指のホクロ。へらず口を叩くお人でありますです。生活苦にさいなまれる相とも申しますです。
最近、このへらず口のお方が多いのでありますですよ。
権利ばかり主張し、自分の「分」というものを忘れておりますです。
メールなどでガミガミとやられてウンザリする男たちが急増中とか。

ざっと、こんな意味が足のお指のホクロに隠されておりますのです。
タコだの、そういうものも準じてご判断くださいまし。

また、若いうち…35歳前なら、お女性の右足、男の左足をを重点的に。
36歳以降は、ひの反対の足で判断するのがセオリーなのでありますです。

                                                        

2013
02.19

十傳スクールの四柱推命も、三月からいよいよ通変星に入っていくのでありますが、「格」を決める際に手を焼くのが、外格でありますです。

なかでも「強旺格」と「従強格」ならびに「従児格」「従財格」「従殺格」がございますです。
四柱推命は元来、五行均衡論が原則でありますが、これら外格は、偏った五行の強さに従ってしまえというヤツなのであります。

強いなら、その力をそいだり、逆に弱いのならば、力を与える五行を「幸運の星」とするはずなのが、外格はそうではなく、強いのだから、もっと強くしてやれ、あるいは弱いのだから、さらに弱めてしまえという考え方を採用しているのでございますです。

が、外格には、もうひとつ、一行得気格なるものが存在いたします。
これは美しいまでの五行の結晶体でありますです。

この一行得気格こそが、その美しさを歪めないように、原則に反しても、五行のエッセンスを守らなければならない格でありますです。

歴史的に見ても、一行得気格以外の外格のとりかたに手を焼いている形跡が見かけられますです。
ために、四柱推命の我流であるところの算命学においては、その取り方の困難さに目をつぶり、「エイヤァ!」と車騎格とかなんとかで片づけているようでありますです。

私メは、外格は、一行得気格のみでイイのではないかと考えるのでありますです。
あとは暴力団のようなものでして、野放図に力を与えたり、力を削いでは、ならないのだと、それは実占でも経験しているのでありますです。

何を語ろうかといえば、純粋なモノと、ただたんに力のあるものとを混同することは危険だということなのでありますです。

デカイだけのオッパイよりも、美しいオッパイに価値があり、巨根に価値があるのではなく、そのデコボコしたフォルムの美にこそ、快楽に通じる導火線があるのではないかということなのでありますです。

栄養を考えながら食事をする。これが内格でありましょうか。
腹がへっているから大食いする。これは、一行得気格以外の外格でしょうか。
美味しく栄養のあるモノを少し食べる。そして、これが一行得気格であるのかもしれませぬ。

茅ケ崎の雨は昼から雪に変わり、激しさを増しながら斜めに降っておりますです。

純粋なる命式はまことにめずらしく、しかし、その純粋なる命式は、来る運によって濁されたり、壊されたり、向こうになったりいたしますです。
どんな運が来ようとも、頑丈な命式がじつは良い運勢を内包しているのかもしれませぬ。

占いだけでなく、何事においても。