2016
04.22
04.22
モリオカは桜の季節であります。
街中が桜に魂をうばわれて発狂しております。
私メも毛羽だった気持ちに桜の蜜で潤いが戻っていくことを指先まで感じるのでありました。
やわらかな風と静寂。
発狂はしていてもモリオカという土地は透明のべっちんに包まれたように静まり返っている不思議がございます。
忙しかったりしてパニックだったとしても、それを恥として「忙しいふりをしてご免なさいね」なんていう感じであります。自己主張すると憐みの眼差しを投げかけられますです。
そういう土地性を嫌っておりましたけれど、こんかいは助かるのでありました。
日の射さない部屋に寝転がり、古い本を開き、お昼には訪ねてきた妹と老母を連れて小岩井農場まで車を走らせて蕎麦を食い、ジェラートを片手にふたたび桜に埋もった街に戻るのでありました。
ホンダのボロ車もイイものであります。
欲しいモノはなにもなく、南部美人をながめては昔を懐かしみ、開けたウィンドーからはなまぐさい土の匂い。葉のない枝はチェロの弦をこするような音。
「もうイイんでね」
「そのへんでやめてもイイんでねのっかぁ」
とモリオカは囁いておる気がいたします。
そして夜。
日が沈むと待っていたかのように、年に一度のピンクムーンが東の空から姿を見せるのでありました。
「は、イイんだ、もは東京を引き払って帰ってくればいがえんちぇ」
と月に肩を叩かれているような気分であります。
が、あと八年。
八年間は三塁ベースで踏ん張らなければならないのであります。
風にあおられ花びらが舞い上がり、月は色を落しながら中天へと昇っておるよーでありした。
号外の十儚クラブのメールを読んで驚いたのですが
亡くなったPRINCEの曲にUNDER THE CHERRY MOONという曲がありまして
今晩は自分の原点を月を見ながら顧みながら酒を飲もうかと思ってしまいました。
しかし東京では残念ながら雲に隠れて見れませんでした。
でもこのブログでの一本のラインが入った月が見れて良かったと思っています。
個人的に思い当たるふしのデザインだったので
これも何かの予兆かもと楽しみたいと思います。
●十傳より→電線が入って、それが味わいかもです。
京都、南西の空に満月が輝いて美しいです。
ベランダでずっと眺めていました。
昨日の明け方に 大ファンだったPRINCEが亡くなったと海外から電話があり
自分の中で 一つの時代が幕を閉じ、ショックで眠れません。
どんな天才も死んでしまうと あっけなく、無常。
しかし、命だけは誰もが平等ですね。
●十傳より→悲しい時やどーしようもない時には「ざーまーみろ」と言葉にすると、すこしは楽になるものですけど。
先生のブログは何か小説を読んでいるようです
文面が心地のいい感じがします。
先生。彼に重すぎると言われました。もう終わりですか?
●十傳より→気兼ねするところのあるタイプですからね。が、yume殿を終わりにする男は大バカ者でありますぜ。
ありがとうございます。
いつか先生の恋愛小説が読めるのを期待します。
●十傳より→軽蔑されそーであります。
八年、八年したら 先生は盛岡へ行ってしまうのですか
あまりにも遠いですね
この八年の間に セミナ-等を通して何度、何時間
先生にお会いし ソノ声を聴けるのでしょうか
先の事を思うと悲しくなるので考えないようにします
7月30日を目標に、楽しみだけを胸に日々生活していきます
●十傳より→老兵はすみやかに消えねばならぬと、つねに思っているのであります。
つきといえば、じょせいです
●十傳より→…。
八年か…
間に合わないかもしれない
●十傳より→でも、そのあたりが引っ込むにはちょうど良いのかもと。
実は僕もそのあたりがちょうど良いと思ってます。
●十傳より→そーでありますか。