2015
10.14

私メの体調を気遣ってもらったのでしょうか。
このようなお酒をいただいたのでございます。

元蓋をあけましたら、濃厚な土の匂いが部屋全体に漂いました。
土といっても、土中の深い匂いでございます。
畑にスコップを入れたとき草の根の切れる音とともに匂いだす、あの土の奥の生命の匂いであります。

冷水で薄めよという取説の通りにいたしました。

グラスのふちに唇をあててグビッ。

「まずい!!」

これが第一声でございました。
次の瞬間、耳穴と言わずヘソと言わず、肛門と言わず、毛穴と言わず、穴という穴から火が出たような打撃。
「おおおお」
床を転がりましてございます。
喉元を抑えましたが、頭髪までが逆立ち、おそらくマッチの火を口に近づけたらサーカス団のように口から炎が噴き出たでございましょう。

そーして、ようやく立ち上がった私メは、ヌヒヒのビョョョーンの別人に変わっていたのでございます。

これでは夜な夜な遊び歩き、かえって健康を害するカモでございます。

階段をのぼりながら、
「さぁ、脱ぎなさい」
と久しぶりのフレーズをひとり発したことでございました。

2015
10.13

とあるカフェの50周年記念の品なのであります。

じつに精巧に作られておりますです。
手に取ると採算を度外視して作られていることが分かるのであります。肉球や睾丸まであるのであります。

こーいう作品をみていると、またまだ世の中は捨てたものではないと思うのでありました。

オリンピックにしても何にしても経済効果ばかり狙い、利権を貪ろうと集まる人々にウンザリしておりました。
音楽にしても絵画にしてもすべて盗作ギリギリ。
ヒット商品があると、こぞって柳の下のドジョウ探し。

IS国に1兆円で軍師として雇ってもらい、世界を破壊の渦に巻き込みたかったのでありましたが、しばしの間は我慢できそーであります。

物語が動き出しそうな5匹の猫。
ナントカなりそうな気がいたします。

いろいろと面倒なことがございましたけれど、それらは愚かしい欲が絡んでいたからかもしれませぬ。

すべての目標は、絶対に叶うことはないという知られざる運命の原則がありまして、それでも途中までは上手くいくわけで、最後の一歩を踏み外すのでございます。待ち人は来ないというのも、運命原則の一つであります。

それが何であれ、強く念じることは運命から嫌われるそーであります。
どーでもよいと思っていれば願いは叶い、待ち人は時間通りに来るのでして、大切なことは良いモノを鑑賞する心かもしれませぬ。
このひとときを楽しく過ごそうという気持ちがあれば、とんでもない相手と出会うことも夢ではありませぬ。

「もういい加減、イイ年なのだ」と濁情に背を向ければ、ニャオーンと横町から胸に飛び込んでくるのでございます。

大切にされたい、大切にされる権利があると思っているうちはダメかもですね。
以前は良かったけど、最近はつまらないと批難すると、ますます世の中はつまらなくなるわけでして、世の中は変化して当然なんだと諦めてしまえば、新しい見方が見えてくるのであります。

古書に「無望望」とありまして、「望み無きの望み」と読みますです。
淡い期待こそ、幸運を呼び込む姿勢であるようであります。

この猫も、「いいなぁ」とカフェで見かけましたところ、偶然にプレゼントされたので、ちと驚いた次第でございます。

2015
10.12

「心の臓がバクバクし、そして次に…!」と言われていただきました、この強壮剤をグビグビッと一息に呷ったのでありました。

ところが心臓は健康な鼓動をならし、「その次の」という効果はあらわれないのでありました。

おもえば、ひたすら過酷な一週間なのでありまして、ことに木曜日から日曜日は60代としては、あまりにも無理な四日間だったのであります。
土曜日などは受講生の皆様から「大丈夫ですか?」と案じられるほど憔悴していたみたいでした。

強壮剤の効用書を老眼鏡をとおしてうち眺めますと、たしかに「強壮」の二文字は輝いて記されております。しかし、お仕舞に小さく「肉体疲労」の文字もございました。

どーやら、「そして次に」となる前に、疲れた肉体に沁みわたって、そこまで辿り着かなかったよーでございました。

となると、
冷たくしなびた中央部分が、かえって心配になりますです。
で、マツタケを購入したという次第なのであります。

銀のカップにはお酒。
そして例のオッパイ箸置きで視覚からの効果も。

お笑いくださるな。
これが男心というものでありますれば。

こんな男心の原点を知って、それをゴックンするよーに納得しなければ、どんな恋だって尻切れトンボになってしまうのであります。

占いだって同様。
顔をそむけたくなるよーなエゲツない人の本性を温かく受け入れてはじめて、「その次」の運命が分かろうというものでございます。
たしかに、私メの断易は品格下劣だと自覚はしておりますです。エレガントな断易からは程遠い事も分かっておりますのよ。

が、占いは、お説教することではありませぬ。
「あんたね、そんな心がけだからだめなのよ」などと神様みたいなことは占いではありませぬ。
出た目を、あるいは運命の指し示している通りを、むろん言葉はやさしめにですけれど、正直に告げることが占いであると信じておるのであります。

そーして、迷いを取り去ることがお仕事だと。

ほほぅ、そろそろ、中央部分にドックンと熱きモノが回帰してきたよーであります。
オトコ、61にしても立つ!
しやわせの基本なのでございます。
強壮剤はあと一本残しておりますし。