2025
09.28
09.28
1998年から三年間、私メは事務所を東京神田神保町に開いておりました。
まだまだ駆け出しで、収入のほとんどは原稿料。
でも原稿書きが楽しくて、時には二徹の日もございましたが、ぜんぜん平気なのでした。40代前半でしたから。
その原稿の仕事に、「おみくじ作成」が舞い込んできたのです。
画像のような仕事。
この会社ではありませんが、やはり食堂に設置する占いマシン?
悪い収入ではございません。
むろん受けました。
それ以後、おみくじの類をまったく信用しなくなったという副作用はありましたが。
そろそろワープロからPCに時代が動き出した頃であります。
データ送信は一回百円、翌年に10円、そしてゼロ円となった頃の頃。
そーいえば、先日、私メと同年代の男と会話することがあり、データ送信を「伝送」と言っておりました。懐かしい用語であります。
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