2026
01.31
老母はモリオカの繁華街に建物を所有しております。
以前は住居でしたが、市の都市計画にともない、ビルに建て替えたのでした。
フラッパーの祖母は、そこに住んでおりましたが、ボケましたからは、しばらくは空き家でした。
改装し、一階の店舗は飲食店として貸しておりますです。
フラッパーの祖母から老母が相続して30年ほどになりましょーか。
私メは、そこを狙っておりました。
絶対に手に入れたいと、子供の頃から狙っておりました。
従姉にも従妹にも従弟にも渡すものか。
ぜったいに独り占めしてやるのだ。
仲良く遊びながら、ときにはオッチョコチョイを演じつつ、黒い炎をメラメラさせておりました。
そーいう欲がフラッパーの祖母に見破られ、だから憎たらしく思われ、嫌われていたのかもしれませんです。
老母の考えでは、二人の叔母と三等分したいらしいのでありました。
「妹たちと育った家だもの」
が、いえいえそれはナリません。
阻止しなければならないのであります。
老母は現在要介護2。3になったら本人の意思は通用しません。
いまのうちに老母をダマさねば。
何としてでも。
このたび、老母から買い取ったのであります。
父が死んでから20年間、毎月のようにモリオカに戻り、老母の面倒を見てきたのは、半分は、そーいう所有欲があったからに他ありません。
「お母ちゃんの好きにすればいいんだ」
などと欲心など欠片も見せず、しかし本心は「オレのモノにする」でありました。
弟にも妹にもひとことも言わずに、実行いたしましたです。
今年あたりから老母は正常を逸すると占ったからであります。
自分を突き放してみると、なんと自分は不気味な生き物だろうと思うばかりでございます。
邪教の佼成会幹部のフラッパーの祖母に毛嫌いされるワケであります。
ご報告にと、まずはフラッパーの祖母の墓参りを致したのでありました。
どんなに私メを憎んでも何もできなかったべ。
いや、この墓の管理者も私メなのだ。
いままでの意地悪を改心せねば、この墓だってどーなることかわからねぞ。と。
嗚呼、秋月の火炎乾土の命式の通りなのでありました。
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2026
01.30
ギャンブルの監修を30年ほど続けておりますと、ツキを逃し、貧乏に傾いていく共通項が分かってきます。
その一つとして、「恩返しの思想」でございます。
思想というと大袈裟ですが、いままで世話になった人たちへの暖かな気持ちであります。
ギャンブルにせよ、仕事にせよ、目の前に大金が見えてきたとき、
「さんざん世話になった親に楽な生活をさせてあげよう」
「親らしいことを何もしていなかった子供体に家を建ててやろう」
「女房に高級なリストウォッチでもプレゼントしよう」
「迷惑ばかりかけた叔母に一千万円を手渡そう」
などと、ちらりとでも、こういう考えがチラリと頭をよぎったなら、その大金は煙と化すのであります。
例外はございません。
仏心はド貧乏の入り口なのであります。
アーメンなのでございます。
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2026
01.29
ここは神奈川県、藤沢市のデパート。
トイレに、こんな貼り紙がございました。
手洗いで、洗髪や身体を洗うなという注意事項です。
反射的に、
「支那人どもだな」
と直感することに、中国人に対する嫌悪と差別意識が、全身に染みているのであります。
選挙が近いとか。
真冬の選挙でブツブツ言っているよーですが、私メには関係ございません。
易者が投票に行くなど愚の骨頂と信じて止まないのであります。
消費税うんぬんと言われているよーですが、じつは外国人に対する締め付けの強化の可否を決める選挙ではいなかと思うのであります。
が、しかし、この貼り紙は日本語で表記されております。
と、いうことはシャンプーや身体を洗うなという鉾先は、日本ザルに対しているのかもしれませんです。
振り返れば、私メが若い頃、日本人は世界の嫌われ者でした。
エコノミックアニマルと揶揄され、いまの支那人同様、唾棄すべき国民だったのであります。
立小便からどんちゃん騒ぎ。日本全国踊らにゃ損とばかりに浮足立っておりましたです。
それでもやっぱり支那人はイヤですね。
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