07.31
(仮稼働中)
ああ、今年も7月30日がきたのか…と52年前を振り返るのでありました。
ラーメン屋のバイトから帰ると、父が一升瓶を横に腕組みをしていました。家には父だけ。いや祖母もいたはずでありますが、静まり返っておりました。
「キッタンが失踪した」
と一言。
「オメも飲め」
キッタンというのは、正確には吉旦と書き、叔母の夫でありました。
叔母の喉に果物ナイフを突きつけて、いっしょに死んでくれと迫ったといったそーです。
断ると、ひとり夜に飛び出したとか。
「いまに戻ってくるよ」
私メは無責任に答えました。そんなことより、私メにはほかに考えたいことがあったのです。
そのころ、姓名判断に凝っておりまして、「やっぱり左右対称の名前はダメだったのかな」と吉旦という名前を考えたりしました。シンメトリの名前は流派で判断が分かれていますが、事故運が内蔵されているのは否定できません。
さらに鼻の穴が馬のよーに横からでも楕円に見えてしまうのも変でした。もちろん人相までは、その頃は知りませんでしたが。
母は叔母の家に行ったきり、夜更けになっても帰ってきませんでした。
やがて朝になり、キッタンが鉄条網でボロボロになってずぶ濡れで帰宅した旨を、戻ってきた母から知らされました。
モリオカの市内を流れる中津川がございます。「そごで死のうとしたんだど。んでも死ねねがったど」と母。
「だーれ、中津川は水深が40センチしかねんだおん、死にてがったら北上川だべね」と私メ。
結局、キッタンはそのまま精神病院へ。
2年後にガス管をくわえて自殺することになるのでした。享年42歳。
52年前のあの夏から私メはどん底の20年間が始まることを、まだ知りませんでした。
べつに撮り鉄ではないのですが、長い踏切でしたので、暇つぶしについカシャリしたのでした。
前進したいのに、いろいろな事情で前に進めないことは、たしかにございます。
イライラしてしまうのは、「このままでは歳だけとってしまうではないか」という年齢の問題。
しかし、多くの場合、どうみても人間にはチャンスが三度は到来するよーであります。
そのチャンスを活用できるのか、出来ないのか。
ここが問題であります。
カメラマンとして独立できるか。
文筆行としての道を選んで良いのか。
役者として自分はやっていけるのか。
これは運の問題と絡まっております。
身内に相談しても、ほとんどは「止めておけ」と止めるでしょう。「趣味で良いではないかと」
つまりチャンスに乗るか乗らないかに悩むのは、経済的な問題があるからなのであります。
簡単な判断方法があるとすれば、小中学生の頃を振り返ればよいのです。
画家になりたかったら、小中学生の頃に、学年で絵が上手かったか。賞に何度も選ばれたか。
ここらへんに決断のヒントがあるのであります。
もちろん小中学生の頃の絵の上手い下手だけではアテにはならないのは分かります。
でも、その方向性が単なる夢なのかは分かるのであります。
あとは四柱推命での命式と大運を調べることでありましょー。