2025
08.31
ひさしぶりに自宅の近所にある焼肉屋で肉を楽しみましたです。
値段が深くなり、タッチパネルでの注文に変わっていて、なんだか「残念」でしたが、味はあいからわず美味でしたから、「仕方ないなぁ」。
そして、ご飯は大盛。
私メとしては三日分の分量のコメを一食で摂ることになるのでありました。
だって八月も最終日だというのに、激しい猛暑。「体力をつけなければ…!」なのであります。
運気を支えるのは体力なのでございます。
喰えるうちは大丈夫。
それでも、若い頃のよーな食欲はございません。
ケダモノのよーに丼を五杯も喰った食欲は、もはや返ってくることはなく、70歳なのですから、食ったとしたらキチガイなのでございます。
さて、家に戻りひと眠りしたら、俄然、仕事へのヤル気が出てきましたです。
そして食ってから六時間後。
17時か。
「おっと、この時間は…」
老体の心に波紋が。
…コーヒーでも味わうことにいたします。
八月最後の日。
17歳の私メは、一歳下の女子を誘い、「東京にいくべよ」「いづ?」「いまがら」と誘いっていた時間なのでした。
2025
08.30
とてつもない灼熱の暑さにあえぎつつ、十傳スクールの後半のテキストを印刷、そして製本をするのでした。
断易初等科C、四柱推命初等科の外格と内格、奇門遁甲中等科の造作法など、製本しながら、ためしにページを開くと、面白い内容で、このテキストを作っておいて、「イカった」と本当に心から思うのでありました。
断易初等科はA、B、Cに分かれておりまして、AとBはまだ録画が残っておりますので、ご希望のお方はどーぞです。四柱推命初等科もです。
さあ、秋からの講義が楽しみであります。
バカバカしい世の中ですが、十傳スクールは、誰も教えない新鮮な内容がギッシリなのであります。
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2025
08.29
今年の百日紅の花はどこか寂し気であります。
関東に戻っても、モリオカでもいつもの夏のようではございません。
花たちは藻掻いているのでしょーか。
お女性もまた、夏の終わりになりますと、どこかソワソワ。
スーパーで買い物をしていますと、50代ぐらいのお女性と目が合う回数が増えてきたよーな。
熱の帯びた視線なのであります。
老母が流刑地に入る前、よくスーパーで買い物をいたしました。
あるお女性が、私メの買った魚介を指さして、「どんなお料理をなさるのですか?」と尋ねられたことがございます。
料理の説明をしながら、「では」と家に来て実際に料理の仕方を教えましょーか、などと誘われたがっているよーな、スリリングな体験を求めているのかと気を回しました。
すると老母が後でのこのこやってきて、「気をつけねば」と60代の私メに注意を促したものでした。
先日も同じよーな事がございまして、どーやら夏の終わりの蝉のよーな現象が、50代以上のお女性のハートに沁みているのかもしれないと思ったのであります。
男はといえば、季節に関係なく、そーいう気持ちは高まっておるのであります。
性欲といえば性欲。では性欲だけかと言えば、性欲だけではないロマンスっぽい秘密を求めているのは確かでございます。
しかし、年代を問わず、恋というものは、かならず「傷」を負うものであります。
恋とは快楽だからであります。しやわせとは別物だからなのであります。
しやわせは未来のために快楽を封印せねばなりません。
そして快楽自身が自分から離れ苦痛に感じたとき、本当の老いを迎えることになるのであります。
それはともかくとして、いつかは深い傷をおうことが分かっていながら、無傷で人生を終えたくないという秘密を求める不条理が、晩夏からイブにかけての期間、お女性の行動を支配しているのかもしれませんです。
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独断的恋愛論 /
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