2025
12.03

家相で、一部を、たとえば床の間の裏側の壁を、あえて手抜きのようにして、家を未完成のままにしておくというやり方を、むかしの大工は常識にしていたよーであります。

京都の知恩院の屋根裏に残されている、左甚五郎の「忘れ傘」も、その一例。盈を嫌うのであります。満月はやがて欠けていくサダメ。何事も十三夜のよーであらねばならない。これが日本の考え方でございましょーか。

私メも新築の家相の相談を受ける時には、「どこか一部分は未完成に」とアドバイスいたします。クローゼットの奥の壁紙をあえて貼らないとか。

この盈を嫌うのは、家相だけではないよーであります。
明治の易聖と呼ばれている高島嘉右衛門、いわゆる高島呑舟の残した占例にも見受けられます。
原文は漢文。
画像はその訳文であります。正確には「高島易断」というもの。

呑舟の高島易断の漢文は、旧帝大出の満州浪人の柳田幾作という漢学の秀才が手助けしています。そんなことより、呑舟の名占に一つだけ、誤占を載せています。

地水師の四爻変。
海軍の軍艦うねび艦が行方不明になったときに占ったもの。
適当に占ったのではなく、呑舟の娘は伊藤博文の息子の嫁。呑舟は伊藤博文の義理の父。占いを依頼したのは陸軍の中将でした。

これをハズしました。

呑舟は周易を用いていまして、いつもは爻辞で占うところを易象で観てしまったと弁解しています。

しかし、自分の誤占を一つだけ載せることで、高島断易の本を完璧にしたかったのだと、私メは解釈いたしますです。

家相のところを呑舟を引き合いに出しましたが、明治以降の名易者は数々いられます。このよーな易者のお話もたまには良いのではないかと思いましてね。