2026
01.23

図書館で地方紙の、死亡欄に目を凝らすのでした。
久しぶりであります。
原稿作成をしなければならなかったのですが、雪景色にさそわれ、ついふらふらと。

半年分の新聞をめくるのは、意外に手間であります。
が、そこに知り合いの名前をみつけたとき、胸に迫るものがございます。
オトコもそーですが、お女性であれば、哀しみでもない喜びでもない、そう、淋しさに似た懐かしさがこみ上がるのであります。

一人の女子の名前がそこにありました。
苗字が変わっていない。住所もたぶん同じだ。年齢も。彼女だ。
どーいう人生であったのか。

最後に会話したのは、はるかに遠い過去なのに、思い出は時を超えて動き出すのでございます。
放課後の薄暗くなった自転車置場。冬であります。私メはかがんで、その女子のチェーンの外れた自転車をなおしておりました。
「明日、デートなんだ。映画を見るの」
「ふーん」
「彼ったら、すんごぐヤギモヂ焼きだから」
「おごられる?」
油で汚れた指をズボンでぬぐいながら「なおったみてだ」
動き出した記憶はそこで途切れるのであります。

人生のほんの一瞬の交錯。
人生になんの影響もない交錯。

卒業し、進学し、就職し、20代になり、30代になり、そして71歳でこと切れた。
からだの奥から得体のわからない愛おしさがこみ上がってきたのでした。
抱いていれば良かった。
眉頭に大きなホクロが目障りだったからか。
ヤキモチ焼きの彼氏には秘密にしろと、スケートくらい誘えば良かった。自転車のチェーンをなおしてやったのだから。
しかし、そーなっていたらたらどーなっただろう。
これで良かったのかもしれないし、ダメだったのかもしれない。
なにしろ死亡欄で名前を見つけるまで、いちども想い出さなかったのだ。

新聞を閉じ、原稿作成のために、図書館を後にしたのでありました。

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