08.16
モリオカから北に一時間ほどの八幡平の中腹に、かつて一万人以上の人々で栄えた鉱山町がゴーストタウンとして、崩れたまま残っているのであります。
エロティックなのであります。
私メに子宮があるなら、その子宮がイタ痒く収縮し、何かにつかまらないと立っていられなくなる症状に見舞われるのであります。睾丸ではありませんです。睾丸の奥の部分。男の子宮というものがあるのかもしれません。
廃屋にお女性をつれこみ、オナニーに耽るところを見守ってほしいというような、恥ずかしい行為をさらけ出したくなる気分に堕ちていくのであります。
はるかむかし、味噌くさい納屋のなかで年上の女の子と性器を見せあいっこした時のような、震えるような官能をおぼえるのであります。
しばらくたたずむと高山病なのか軽い頭痛。
鎮痛剤を奥歯で噛みつぶしながら、舌先にひろがる苦さを味わうのでございます。
「ねぇーえー」
と、むろん風の音に違いありませんけれど、名前を連呼されている気分になることもございます。
まいとし、夏になるといちどは訪れる回帰の場所なのであります。
記録によると学校も病院も劇場も完備されていたといいますです。
この夏草に足を踏み入れると、過去へとつながる小径がございます。その道を歩いていけば、かつての夏祭りや運動会の歓声が聞こえてくるのかもしれません。
「どこさ行ってたのっさ、みんな待ってるよ。盆踊りはじまるえんよ」
と片耳だけピアスをした少女が手招いているかもしれません。
「ピアス落としたの?」
「あんやぁ、あんたに渡したえんちぇ」
ああ、そうだったとポケットをさぐると、もう片方のピアスかあるのであります。
少女のひんやりしたやわらかな二の腕を掴んで草原の奥へととけていってしまうのでありましょうか。
なかった過去が、この廃都にたつと懐かしくおもいだされ、たからかに放屁をならすのでございました。
男の子宮のうずきもしだいに弱まるのでありました。
軍艦島みたい…。
きっとまだ誰かが住んでますよ~。
怖いけど、でもなんか心惹かれますね。
この人と関わったらきっとイヤな思いをするんだろうな…と分かっていながら、
太くて長い繊細な指を見て子宮がうずく感じと似てるかも。
●十傳より→ひとつひとつの部屋で繰り広げられただろう夜の生活を、ふと想像したりするのであります。
興奮している時って、どんなんだろう?
心臓はバクバク、二の腕から指先が震え、
声は上ずり、眼球は朦朧。
こんな経験って、楽しいです。
街中で、2回ほど興奮致しました。
●十傳より→前触れなしに突如として興奮することがありますしね。
この建物、まだ現存していましたか…
里家の真向かいに養母の義姉夫婦ってのが住んでおりましたが、
この養母の義姉(以下、おばさんと称す)の夫さんがかつてここで働いていて、あの三人のお子さん達(と言っても今は立派に60代前後)も子供時代をここで過ごしていました。
あの話しぶりによると炭鉱が盛んだった頃は随分栄えていたようですね。
おばさんは、お祝い事の時に配られた幕の内弁当を家に置いて、その祝い事の手伝いに出かけ、
その留守中に第一子であった長男が幕の内弁当の中の蒲鉾を食べ、
結果食中毒でなくなりました。
家事はなんでも得意なおばさんでしたが、蒲鉾となると顔が変わってしまう人生でしたし、幕の内弁当だの、お祝い事だのに何かとつきものの蒲鉾をそのまま食べる事を大きな声で制していました。「火、通せ、蒲鉾はだめだ、焼け…」
私はこのおばさんにかわいがられていましたので、決してかまぼこをおばさんの前で食べる事はしませんでした。
そのままで食べるようになったのは盛岡で暮らさなくなった結婚後です。
おばさんは機嫌のいい時だけ、たまぁ~~~に鉱山の記憶を話してくれました。
我が子を失った痛みと、鉱山での華やかな日々はいつもとなり合わせだったようです。
…そうでしたか。まだこの建物、ありましたか…
おそらく私はこの人生の中では、この辺りに行く事はないでしょうから、
丁度お盆という時期に、お世話になったおばさんを改めて偲び、改めて感謝して手を合わせる事が出来ました。
先生、ありがとう…
で、このおばさんの家ですが、平成11年におばさんがなくなった後、朽ち果てるのを待っているかのような空き家のまま今も現存しております。
●十傳より→こっそり秘密にモリオカを訪ねることをおススメいたしますです。風のニオイで忘れていたことをおもいだすでありましょう。ふるさとの山はありがたきかな、ですよ。