2022
10.22

ひき出しにビニール袋に包まれたマッチが見つかりました。

かつて…昭和50年代は、喫茶店などで個性的なマッチをおいておったものでございます。
デザイン的に凝った、ほとんど芸術作品のマッチもたくさんございます。

そして、ひとつひとつのマッチには、その喫茶店などの思い出も込められておりますです。
が、このマッチも禁煙ブームとともに姿を消しております。何もよく考えずに、すぐに右ならえする日本人の習性からみても、マッチは絶滅の運命にございます。

そんなことを思いながら、無造作にマッチのひとつを手に取りました。
一本だけ欠けている紙マッチでした。

「タバコが乾くまで帰らない」
少女の声が同時に記憶の底から浮かび上がったのでございます。

京都に在住していた頃ですから、二十歳前後でございましょー。
長いスカートをはいた女子高校生がひとりでテーブルの灰皿の煙草を見つめていたのです。
灰皿に水滴が残っていたのか、タバコが濡れていたよーです。

細身の少女で、指先が抜けるよーに白く、細いのです。
そのかぼそい指に煙草をはさみ、乾き具合をみているのです。

喫茶店のマスターが、「まだいるのか?」の意味の言葉に対しての「タバコが乾くまで帰らない」の返事なのでした。

私メは隣の席でした。

しばらくして、女子高校生はマッチで火をつけました。そして二口ほどくゆらすと、チェッと舌を鳴らし、無造作にもみ消し、店を出ていきました。
店を出るとき、日本語ではない言葉を使ったのを記憶しております。

この一本欠けたマッチは、彼女がテーブルにのこしたマッチなのです。
マッチの炎が消えるまでの一瞬の恋でした。
燃えがらは記憶の底で何十年もくすぶっているみたいです。

2022
10.21

故人の遺品を整理しておりましたらば、かような実用本が出てまいりました。

ガリ版刷りの四十八手、続廿手の70ページ、それに前フリにページがついた小冊子なのでございました。

すぐさまベケットに押し込んでのでございます。

悲しい人間のいとなみが延々と描かれ、そして男からお女性へ、お女性から男へと伝えられていくのでございましょう。

「やめてください」
などと毛嫌いするお方もございましょう。
多くは嫌いして、そして新興宗教へとのめりこんでいくサダメなのでございます。

そうそう、タイトルは『鴛鴦閨房秘考』。おしどりねやのしぐさ、とでも読むのでしょうか。

本能を上手に楽しむ方法です。
本能は性欲だけでなく食欲もそうでありますから、料理と同じように考えられるのであります。

生命力という言葉もごさいます。
生きたいという欲望でございます。
ただ生きるのではなく、生きることを楽しむ四十八手があっても宜しいはずでございます。

しかし、それがないのでございます。
ヒイこらと苦しみながら生きているだけであります。

ひとつ楽しみ幸運を恭賀できる方法として占いがあるばかりであります。
占いは、実に多岐にわたる生き方のしないが内包されておりますです。

良い学校を出て、一流の企業に入社し、そして豊かな晩年を過ごすだけが幸運の人生ではないと教えてくれるのが占いなのであります。

手前味噌はこれぐらいにして、スケベ心を全開で四十八手を、ルーペを使って凝視することにいたしますです。

2022
10.20

実家の近くの森の道を、のどかに歩いていたのでした。

しばらくいたしましたら、後方から、ツッカツッカと速足が聞こえましたです。
ですから、こちらもツッカツッカ。
すると後ろはツカツカ
こちらもツカツカ。
ツツツッカ。
ツツツツツツッ。
タカタカタカ。
タッカ、タッカ。
とうとう勝てずに、追い越させました。

まだら白髪の初老の男でした。
襟足がキレイにカットされておりました。
さては、きのう、床屋に行ったなぁ。
突如として残忍な気持ちになりまして、ふたたび、ツカツカツカ。煽ることに決めたのでした。

白い襟足ごと、白刃で、首を切り落としたら、どんなに気持ちが良かろう、などと、血潮が噴き出すさまを想像し、カッカッカッ。

定年退職したてらしく、まだまだ体力がありそーでございます。距離が開き、私メの背中は汗ばんでおりました。

うしろから襲いかかりヘッドロックしたい。
親指で喉仏をへし折ってあげたい。

カシャカシャとカメラで撮ってやりましたです。

曲がり角で、男を見失いましたです。
かなり距離ができていたのでしたが、忽然と、床屋に行った男がおりません。

まさか忍者のよーに、地面に耳を当てて、ツカツカの足音を聞くわけにもいきますまい。

と、そこにトンボが止まっておりました。
じっとこちらを見つめておるのです。

そのとき、今朝の夢を思い出したのです。
死んだ父や祖母や叔父叔母たちが庭で宴会をしている夢でした。
みんな楽しそうに笑っているのですが、声は聞こえず、無音の宴会でした。

「そーいえば、今日から法事が続くんだっけ」
来た道を引き返したのであります。
ツッカツッカと。