2016
09.30

四代前の先祖が、住職をしていてお寺なのであります。

じつに40年ぶりの訪問でありました。

四代前は、この風景を眺めていたのかと思うのでありました。しかしというか、当然に、私メにとっては他人の風景ですので、懐かしいという気持ちは微塵もございませぬ。

が、お寺の屋敷の、どこかで情交し、私メの祖父が出来、祖父もどこかで情交したために、父が生まれたのでありますから、遠い血を遡り、この風景を懐かしく感じる何かが逆巻いてもおかしくはないはずであります。

山寺の、斜面にある無数の墓の、さらに登った頂のあたりに、代々の住職が冥る墓場のいっかくがございます。

画像が、ソレでありました。

四代目の墓は、向かって右の黒いヤツであります。
墓にヒビが入ったために、それこそ、40年前に新しいモノにしたのでございます。

懐かしいはずなのに、さっぱりと感動が湧かないのでありました。

が、ふたたび下に戻ろうとした時、
形容できない何かゼリーのような重たい空気が流れて来たのであります。
来たな、と私メは思いました。
霊魂も濁情と同じでございます。

拝みもせず、冷たく帰ろうとすると、何らかの方法で振り向かせようといたします。

「しようがない」と、私メは、墓に手を合わせ、「困ったことがあったら、何でも言いなさい」と四代前に申しました。「その代わり、莫大なお金を私メにもたらしてくれなければなりませんよ」と。「ほかの親族にサービスしてもなりませんよ」と。

他人の風景を眺めつつ、車へと戻る私メでありました。