2025
07.30

ああ、今年も7月30日がきたのか…と52年前を振り返るのでありました。
ラーメン屋のバイトから帰ると、父が一升瓶を横に腕組みをしていました。家には父だけ。いや祖母もいたはずでありますが、静まり返っておりました。
「キッタンが失踪した」
と一言。
「オメも飲め」

キッタンというのは、正確には吉旦と書き、叔母の夫でありました。
叔母の喉に果物ナイフを突きつけて、いっしょに死んでくれと迫ったといったそーです。
断ると、ひとり夜に飛び出したとか。

「いまに戻ってくるよ」
私メは無責任に答えました。そんなことより、私メにはほかに考えたいことがあったのです。

そのころ、姓名判断に凝っておりまして、「やっぱり左右対称の名前はダメだったのかな」と吉旦という名前を考えたりしました。シンメトリの名前は流派で判断が分かれていますが、事故運が内蔵されているのは否定できません。
さらに鼻の穴が馬のよーに横からでも楕円に見えてしまうのも変でした。もちろん人相までは、その頃は知りませんでしたが。

母は叔母の家に行ったきり、夜更けになっても帰ってきませんでした。

やがて朝になり、キッタンが鉄条網でボロボロになってずぶ濡れで帰宅した旨を、戻ってきた母から知らされました。
モリオカの市内を流れる中津川がございます。「そごで死のうとしたんだど。んでも死ねねがったど」と母。
「だーれ、中津川は水深が40センチしかねんだおん、死にてがったら北上川だべね」と私メ。

結局、キッタンはそのまま精神病院へ。
2年後にガス管をくわえて自殺することになるのでした。享年42歳。

52年前のあの夏から私メはどん底の20年間が始まることを、まだ知りませんでした。

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