2025
07.28

先週、川崎の叔母が亡くなりました。
母親の妹。フラッパーの祖母には三人の娘がおり、その末っ子でございます。92歳でした。

その息子の、つまり私メにとって従弟ですが、ケンちゃんという、その息子から電話で「昨夜、亡くなりました」の電話があり、それから親戚たちの連絡先を聴かれたりと、
「葬式に出なきゃなぁ」
と、喪服とかを用意しておりました。

が、結局、呼ばれませんでした。
叔母はコテコテの佼成会員でありました。
二年前にモリオカにいらしたとき、オノ家にも顔をみせ、せっかくだからと鰻を出前していっしょに食いました。

そのおり、「仏壇に手を合わせたい」という申し出を、「他宗教の方はご遠慮ください」と私メは、なるべく優しい口調で、しかしキッパリと断りました。

その瞬間から、叔母との関係はあらためて凍り付いたのでした。
改めてというのは、宗教間のモヤモヤがございまして、できるだけソコには触れぬよーに努めておりました。

ケンちゃんが、その場をうまく取り繕ってくれましたけれど、彼もまた生まれながらの佼成会員。

私メは50年前、祖父が亡くなる前の遺言、そして祖母の遺書にもある「他宗教はそれが誰であれオノ家に入れてはならない」の言葉に洗脳されております。
佼成会員としての母親を北上川を隔てた施設に遠流し、しかし実の母親としても接する、二重構造の関係に満足しておるのであります。

とても朝鮮教の団体を政治に利用し、タレントをチルドレンとして選挙要員とする洒落た真似は出来ませんです。

用意していたご仏前の不祝儀袋からお金を取り出したところでございます。
ニヤリとしてしまいました。

 

2025
07.27

7月は未月。
夏の終わりとされています。
そして8月の7日あたりでは暦では立秋。
夏の盛りなのに秋なのであります。

四柱推命では、簡単に申しますと、未月は秋の終わりと取らず、夏と判断し、水行の有る無し、その水行の力量を判断すところに重点を置くのであります。

で、8月の立秋あとの申月生まれは、その命式が夏に偏っているのか、それとも金行が多けれど、秋として判断する。ここがポイントとなるのであります。

ジムまでの裏道に、自転車が蔦にからまっておりました。
こんな風景を見ますと、まだ7月で夏なのに、
「ああ、滅びが始まっているなぁ」
などと詩人になったりするのでありました。

盛夏だというのに、そこに終わりの始まりがございます。
花火、スイカ、入道雲、蝉の聲、かき氷。
すべてが滅びのネタになるのであります。

夏だと思った時には夏は終わっており、じつは本当の夏は夏至の日の6月かもしれませんですね。
恋と同じであります。

2025
07.26

やはり幽霊が出たとジムのオバちゃんは、ひそひそと声をひそめて喋りあっているのでした。

画像はいつもはシェードがおりて、使っていない階上へとつづく階段であります。
が、人の気配はございません。

私メは、幽霊を信じてはおりませんが、はげしく興味をそそられるのであります。
血筋かもしれません。

いぜん、オノ家が、マイクロバスをかりて恐山のふもとの巫女さんを訪ねたことがございました。
録音装置もわすれませんでした。
盲目なのに巫女さんは大勢の人を察知し、その灰色の目を大きく見開いていたことを憶えております。
巫女さんは、なにやら呪文を唱えつつ霊体と交信をしているよーでした。

結局、死んだ祖父は「忙しいから」出てこれず、親戚筋の大叔父が代わりに出てきたよーでした。

それも自分が大叔父と名乗るのではなく、マイクロバスの同乗の叔母が、「もしや、与一郎さんでは?」と言葉を発し、それに同調した皆さまが「んだんだ、与一郎さんだ」と納得したのでありました。

腹を抱えて笑いたくなるのを巫女さんの前でこらえた苦しさはございませんでした。
だって親戚一同、みな真面目に手を合わせているのですから。

と、いうわけで、ジムの幽霊譚はしばらく続きそうであります。