2022
05.30

チャンスがあれば…と、ひそかに願望を抱いておりました縄文遺跡群でありました。

このたび、関東からクルマをとばし、郷里のモリオカをこえまして、一戸ICで高速をおり、御所野遺跡を観光したのでありました。

蛇がまっさきに私メを出迎えてくれましたです。
観光客はジジババ10人未満。

世界遺産にはほとんど興味はないのですが、北東北にそのよーな縄文文化が
「あったのかよ?」
これを肌で感じたかったのであります。

ありませんでした。
ただし、文化といわれるから、「どこに文化があるのだ」と反抗したくなるだけで、人の住まいは確かに感じられたのでした。
草原は、かつては田畑だったかもしれません。そこで働き、喧嘩をし、盗みもしたでしょー。
そして、彼らはどこに行ってしまったのだ。
どのよーに滅ぼされたのか。

草原には初夏の日差しがそよ風に揺らされて陰影をおとすばかりでありました。

竪穴に丸太を組み、木の皮で屋根を貼り、
では、どこでウンコをしたのか。
ウンコは貴重な肥料だったのだから、ひとまとめにしていたに違いない。

そして、四千年前だから、北極星も40度以上は、現在とは別のところで輝いていたはずで、男と女は、その北の星をながめて愛欲に忠実であったのか。それとも厳格な掟のもとに、それにそむく背徳の歓びに痴れていたのか。
「あの北の星は動かない」
と語り継がれ、
「オラたちの心のよーに」

ところどころに縄を張られた石の散らばりがあり、まさしく何らかの儀式の跡でございましょー。滅んだ占いの儀式だったに相違ございません。

「すばらしい」
つい見とれていましたら、5人ほどの老人と老婆が集まってきましたです。

滅びるということは、素晴らしいのであります。
継続するということは哀れなのでございます。

彼らはどこへ行ったのだ。
どこに埋葬されたのか。

頭痛がするほど陽光にとおされても、なお、その場から離れがたいのでした。

今年になってから、はじめて真剣になった日でございました。

  1. 今の文明もこの後、後々この遺跡のように滅び
    土に埋もれ忘れ去られていくのでしょう。
    後世の人々が小野先生のようにさまざまな思いで
    この文明の遺跡を眺めるのかもしれません。

      ●十傳より→ロシアもさっさと水爆を投下したらイイものを。口だけは関西弁で威勢だけの大阪のお兄さんみたいであります。

  2. 先生が八戸付近にきていることを知り、
    とても嬉しかったです。

    十和田湖の遊覧船も、
    良いですよ。

    カエルのミイラ、
    今も大切にしています。
    その節はありがとうございました。

      ●十傳より→十和田湖…加山デブ三主演の悲恋映画がございましたね。

  3. 私は最初 鰺ヶ沢や五所川原辺りかしら?そして恐山とも思っていましたが、、、
    新しい観光地巡りの参考になりました。
    吉方位の使い方の参考にもなりますが、
    この目的地を行き当たりばったりで決めた訳ではないのでしょうが、やっと待ち望んだご主人様がまた出掛けられて、ちと
    ロメオちゃんには酷な5月だったのではないでしょうか?三半規管が発達しているワンコは車酔いするので、なかなか連れて歩けないかも知れませんが、先日、犬用のスーツケース型カバンを発見しまして、これなら寂しくないでしょうに、、、
    ずっと おりこうさんで待っているんでしょうね。
    せんせいの思考回路は謎だらけです。
    御飯を食べている時、歯磨きしている時、
    トイレに入っている時も目的地へ
    一直線なのでしょうか?

      ●十傳より→自分でも分かりませんです。

  4. 温泉地で叱られたと、
    今朝のメールに書いてございましたが、
    吉方位は全てがルンルンでは無いと言うことを理解できました
    今まで読んだ、有名なる方々の奇門遁甲の解釈は全部偽物
    いったい、なんだったんだ!と断捨離しました。
    それにしても楽しみですね
    小野先生の吉方位の結果!
    ルンルン

    ●十傳より→吉方位だから、すべてが吉というわけには絶対にいきませんです。

  5. 佐賀吉野ヶ里遺跡も集落が住めそうな雰囲気でした。墓とか曲玉とか南方の貝腕輪とか。身長150cmぐらいだったみたいです。大昔は母系で父親不明の乱交だったんじゃないですかね。

    ●十傳より→そのへんのオキテが、どーなのかはとても興味深いでありますね。