2023
01.29

不来方の城跡は雪に閉ざされているのでありました。
薩長のヤツらに城を解体され、その後、30年以上にわたり、立ち入り禁止されていたのであります。士族の魂の拠り所を奪うためでございます。この歴史は、モリオカの住人もあまり知らせておりません。

石川啄木が、
「不来方のお城の草に寝ころびて、空に吸はれし十五のこころ」
と詠んだのは、やっと城跡に入ることが許されて二三年たってのことで、当時は整備もされておらず、それこそ草茫々だったと思われますです。

荒涼とした城跡を私メは好きなのであります。ときおり寒風が吹きすさぶのも。

路面は凍てつき、なんども転倒しかけるのでございました。
日曜日だというのに人影は絶え、そして昼間だというのに薄暗いのでした。

足よ、そちらの方には行くなと言い聞かせるのですが、頭脳に逆らい真ん中の足は、しつけの悪い犬のよーに、勝手に危険地帯に進むのでございました。
毘沙門橋をわたり生姜町に出て、八幡町の新しくできたという喫茶店で暖をとりました。
あやしく心の臓が不整脈を打つのは、やはり体内の犬が獲物の匂いを嗅ぎつけたからでしょーか。
「近くにいるぞ」と。
汗まで吹き出し、喫茶店を出たら、空は晴れておりました。

「蘭丸ぅぅぅぅ」
通りを曲がれば、中華料理屋。赤い暖簾をわけて、その油に汚れたガラス戸を開ければ、ジェンダーの蘭丸さまがいるのであります。
すうっと目を細め、「なによう」と嫌悪の氷の刃を放ってくることは間違いございません。
そして、それでも私メは、おもねるよーな視線を蘭丸さまに向けるに違いないのであります。
一瞬見た、豊胸手術の胸を確かめることでしょう。どうじに股間のペニスもズボンを透かし見るように確認するのでしょー。まさか切除しているのではないかと。

想像しただけで眩暈をおぼえるのでした。

ラーメンを運んできた蘭丸さまの、細い荒れた手をぐいっと引っ張ることでしよー。
丼は床に割れ散り、しかし私メは、蘭丸さまの薄い唇に唇を重ねるのでしょー。
ああ、蘭丸さまの青い髭が頬にチクチクするいとおしさよ。

きっと蘭丸さまは私メの頬を平手でぶつのでしょーか。
それとも客どもに後ろ手にされ胃袋あたりを殴られるのでしょーか。

もっとも怖れるのは、その店を辞めて、いなくなってしまっていることでございます。

氷と書かれた立て看板に手をつき、息を整えました。
寒いのに汗が流れるのであります。

これでは、老人性のこめかみあたりにできた黒いシミを消そうとして、通販で手に入れたポンポンポンが汗で流れ落ちているに違いありません。
そしたら嫌われてしまいます。

「大判焼き二つ」
を注文し、バスで帰宅し、老母と一個ずつ食べたのでございました。

  1. おやおや、小野先生は肝斑消しに薄化粧をなさるんですか?
    お洒落な68歳!

    ●十傳より→情けなや~

  2. ベニスに死すのラストシーンを思い出し
    マーラーのアダージェットの甘美さは
    大判焼きの餡子の甘さになってました。アハハハ

    ●十傳より→マーラーより分かりやすいと思いますです。