2025
01.28
01.28
ユトリロが描いた絵画のよーな、この道を、幼稚園の頃から何べん通ったか数えきれません。
いまは、そんな話を聞いたことはありませんが、むかしは、岩手大学生が桜の枝に首を吊っていたことを何回か聞いたことがございます。
発見するのは、新聞配達員。
最初はと、「てるてる坊主かと思った」の発見当初の感想もほぼ同じでございました。
しかし、この径は、冬場が良いのであります。
よほどのモノ好き以外は歩きませんから、とても静かなのであります。
モリオカに戻った時は「池に行ってくる」と言葉をのこし、急ぎ足で向かうのであります。
そして、何もなく、何も変わらぬことを確認して実家に戻り、無駄に体力を消耗したのに妙な満足感というか、落ち着きを得るのでございます。
そーしてから、「これは本能」だな、と納得したりいたします。
ロシアの白鳥がこの池に渡ってきたり、南に去った燕が毎年正確に戻ってきたり、鮭が4年目に自分の生まれた川に戻るのはどーしてだろう。
「本能だから」という二文字で片付けられていますですが、世界は神秘にとざされておりまずてす。
生まれの特質といえば、日干、甲から癸の自然分野を人間の運命にマッチングさせる四柱推命の分野でも該当する不思議はなぜなのか。
断易に至っては、妻財が伏している時は、仕事が停滞している状態にヒットするのはなぜか。
鼻水をすすりながら、ユトリロの小径を歩くとき、どーしても哲学的なことを志向してしまうのであります。
ユトリロは
子供の時、精神薄弱と無理やり診断され
精神病院に入れられた、
ある意味虐待児。
そして、アル中の治療として
絵を描き始めたとも聞いてます。
ユトリロの思い出は
海外にいた時
美術館で
こんなにも沢山の人の不幸があるんだと
思ったことです。
●十傳より→晩年は手首を切断し、絵筆を手首に縛って絵を描いたとか。
色を失い陰鬱な道も、あと数ヶ月もすれば春が来て
池の周りは大勢の人々でにぎわうのでしょうね
私の住む地はわりと温暖なのであまり雪は降りませんが
2週間ほど前、兄がドライブに連れて行ってくれた福島県
建物の屋根に積もった積雪に驚かせられました
雪の多い土地に住んでいる人達の冬は過酷だろうと
つくづく思い知らされる1日でした
●十傳より→そこがイイのでありますよ。私メ個人としては。