2025
02.12

廃屋が町裏にあるのです。
庭は荒れ、樹木は無秩序に伸び放題なのであります。

この家を、一人の人間としてみると、どういう躓きがあったのだろうかと、私メの悪い癖が頭をもたげるのでございます。

四柱推命で人の運命を調べるのが仕事でありますが、同じ生年月日でも活用の仕方を間違えると幸運が不運に変換してしまうこともあるのであります。

良い職場を得たというのに、ちょっとした不満から一週間も経たぬうちに会社を辞め、かと思うと大学進学をすると夢みたいなことを言いだす50代もおるのであります。
運勢を調べればせっかく良い運が来ているというのにであります。

良い運をダメにしてしまう生年月日について、この廃墟をみながら考えたのでありました。

しかし、それでも相談者は真剣でありましょーから、自分の欠点を指摘されると不機嫌になるのでございます。
「性格なんかよりも、大学に合格できるかを聞きたいのだ」
鑑定料金を支払っているのだから…という立場であります。

そこに、相談者の廃墟を見たりするのであります。
このままでは生活保護でっせ。

自分の幸運を幸運として活かすのは、けっこう忍耐と頑張りが必要なのであります。
「幸運だ」といっても、何も喰わなければ死んでしまいます。食うためには働かねばなりません。さらに幸運を実現するには、継続が求められるのでございます。
運気が良くても楽をして手に入れるには、それなりの苦労が求められるのであります。

  1. 体を壊してからタマに実家の兄がドライブに連れて行ってくれますが
    助手席に乗って走る車の窓の外を眺めて、しみじみと思うのです
    空き家が多い・空き店舗が多い と
    大通りはもちろん、セコ道を走っていても何と空き家の多いことか
    希望に満ちて建物を建てた時
    人々の声で賑わっていた時
    そして誰も居なくなった
    そのように思いながら眺めていると、なんとも悲しい感情になります
    自身の人生と重ね合わせているのかもしれませんね

    ●十傳より→まさにそーいうことであります。