2019
04.09

「佐藤君はどーしているえん?」
老母から、唐突に尋ねられたことがございます。
「高校から、ずっと一緒で、あんたと海だの山だのにいってた佐藤君だよん、どーしてるえん?」

私メには佐藤君という友達はおりませぬ。
ついに老母もボケたのかと青ざめたのでありました。
「ロッチ(弟の愛称)の友達と間違ってるんでねの?」
とさぐりを入れましたけれど、「いやいや、あんだの友達だん。よぐ喋ってらっけっちぇ」。「実際に会ってはねがったけどさ」老母はあくまで確信的なのでありました。

自室に戻って、天井を仰いでいたら、突拍子もなく、雷鳴の如くに、
「佐藤か、あの佐藤君か…!」
はじめてのよーに記憶のふかい霧の底から浮かびあがったのであります。

現実には存在しない佐藤君なのであります。
当時、いや今もでありますが、私メには親しく付き合う男の親友はございません。どころか男と会話することに苦痛を覚えるのであります。
が、母親を安心させるために、佐藤君というバーチャルの友人をつくりあげたことを思い出したのでした。
一生の宝だから、友達は大切にしなさいとか、なして女の子としか付き合わないのかと心配していた母親がうるさくて、大丈夫、友達くらいはいるさとヒネリ出した虚像なのでありました。

たしかに喋っておりましたです。
佐藤君といっしょに帰省した、佐藤君の家に泊まりに行った、こんどは富士山に登る予定だ、佐藤君ときたら恋人にフラれておちこんでいる、足を骨折してね、すこしビッコになってしまった、かわいそーだよ。お金はまえに佐藤君に借したのが返ってきたから間に合っているよ、明日は佐藤君と映画を見に行く、たったいままで佐藤君が遊びに来てたんだ…。
そのたびごとに老母は「お家の人に挨拶するんだよ」「佐藤君の身になって慰めてやらねど」「あんたにお金を返した佐藤君は大丈夫だえんか」「あんや、会ってみてかった」と応じていたものでございます。

すべて嘘なのです。

適当に語っていた嘘が、老母の頭の中には、現実として生きていたのでございましょう。「佐藤君はどーしているえん?」

ギャッ! と耳を塞ぎたくなる嘘の数々が堰を切った奔流の如く、押し寄せてくるのでありました。

佐藤君、佐藤君、佐藤君、佐藤君。鼻の脇にホクロある、身長は175センチ、2月17日生まれの佐藤君。佐藤君、佐藤君、佐藤マサトシ君。私メが作りあげたマボロシ。マボロシの佐藤君。

もしや、ホントは実在していたのかも、かも、かも、かも。

ダズゲデグレ、ダズゲデグレ、ダズゲデグレ、ダレガダズゲデグレ。

畳の上でクロールをしつつ、溺死寸前の、物まねをするのでありました。