2019
04.24

夕方には間があるというのに、町のメインストリートには人影すらおりませぬ。

かつて松尾鉱山という炭鉱街がありまして、空中都市として栄えておりました。昭和30年代の頃であります。
それが炭鉱の需要が失われ、廃坑へとおいやられ、八幡平のすそ野で廃墟と化しておりますが、その炭鉱街を彷彿とさせられる町並みでありました。

喫茶店のオヤジが、
「若者には悪い」
と衰退していく町を申し訳ながっておりました。

そのオヤジがご馳走してくれたロシアンティの甘さが、私メの目に、賑やかだったろう町の亡霊を、つかの間、見せてくれたよーでありました。

喫茶店の窓から、向かいのレコード屋のポスターが覗いておりまして、それが、唯一の芽吹きのような気がいたしました。
スポティファイで、聞いてみましたが、
「ますます寂しくなる」
とイヤホーンを外しましたら、ナポリタンの臭いがいたしました。

「キムラさん」
それが自分の仮名であることを、つと忘れておりまして、
「大盛だっけ?」
の声を聞き逃していましたら、とても気難しい男だと誤解されたよーで、以後、オヤジとの会話の接点は途切れたのでありました。

印象派の画家だったら、滅んだ建物全体をとぐろする、蛇のように這う白い時間を、どのよーに描くのでありましょーか。

私メは、明日は関東に戻り、今回の北の方位に刻まれた現象を背負いながら、眉間に皴を寄せて仕事をすることになるのでありますが、すでに、スマホには珍しい男からの着信が届いておりましたです。

旅行中は、ほとんどメールにも電話にも対応しないことにしておりますけれど、八年ぶりに連絡をくれた男だということに、
「なにかが始まるな」
予感したことでありました。

「今日は、どこにおいででしたか」
旅籠の女中さんにも、
「どこにも…」
またしても気難しい反応をしてしまう、今回のキムラ満夫なのでありました。