2015
03.20

モリオカの中心部にかような廃墟が存在しているのであります。
伊太利の一画のようでもございます。

その地下にフランス料理屋があることはさほど有名ではございませぬ。
老母と赴いたのでありました。
「ナイフとホークだえんが。割り箸もってぐがな」
と案じておりましたが、「なぁに。いさいさ、日本人同士なんだおん」と一人で納得し、心を決めたようでありました。
レンガ造りの建物の階段を下りますと、レトロなドアがあり、ドアのガラスの向こうで、修道女みたいなオバちゃまが出迎えてくれましたです。

この場所は、かつては色々な式典に利用され、私メは呼ばれませんでしたが成人式などもとりおこなわれたところなのでございます。
いまでも、ささやかに利用されているらしいので正確には廃墟ではありませぬ。
おやおや、純白のテーブルクロス。ビニールではありませぬ。
ちゃんとしたレストランであります。
「どーせ、わたしなんかは連れていってくれないよね」
とどこかで或るお女性の声が聞こえたよーでありました。
「ああ」
と幻聴に、私メは無言で答えました。
髪を振り乱して木こりのようにゴシゴシとナイフで肉を切るようでは、ちと恥ずかしいかもよ、と。
フォークの先を口に持っていくように、しかも少しずつ食わないとね、と。

アホであります。
そんな作法などどーでもイイのに、そういうことが目に入ってしまうお女性がいるものであります。
不作法さがかえって可愛いと感じさせるお女性がいる一方で。
食事のあいだ、ずっと幻聴と会話をしていたのでありました。
「最初から愛なんてなかったものね」
「だったかな」
「また誤魔化してばっかり」
「どんなに苦しんだかぜんぜんわからなかったよね」
「冷めちゃうよ」
「なにが?」
「料理が」
「えっ、わたし、そこにいないのよ、しっかりしてよ」
そうでしたね、幻聴でしたね。
「あ~、めめめめ」
と、老母。
廃墟には廃墟の魂が潜んでいるようでありました。

めめめめとは、旨め、旨め、旨めの短縮形で古いモリオカの人達の日常用語でございます。