2015
11.21

この数年、私メは夜のモリオカで、あるお女性の消息を尋ねていたのでありました。
「彼女、死んだのよ」
彼女と幼馴染のママ殿がいいました。

店内には、奇妙な偶然か、♬髪の長い女だって? アンタあの娘に惚れてるね♬ という懐かしい曲がカラオケされておりました。

「さいきん、知ったのよ、あだしも」とママ殿。

去年は超えられない命だと四柱推命は語っていましたから、「やっぱりか」と不思議な安堵感がございました。
もう、彼女の行方を追わなくてイイのだと。

病気におかされ、行方知れずになった彼女、10代の頃から知っていたセッちゃんというお女性を、私メはずっと気にしていたのであります。
死んだと聞かされ、双眼鏡を逆さからのぞいた感覚に陥ったのであります。

詳しくは申しませぬが、大運で彼女の用神が破壊され、年運で財運が抑えつけられておりました。

「あのね、ついに車椅子に生活になったぁ」
これが、彼女との会話の最後。10年前のことでございます。
「飛び降り自殺も出来なくなったワケだ。不自由だろう」
「そうなのさ」

27歳で発病し、それまでは誰もが振り返るお女性でありました。
いちじはモリオカ、イイ女の10指に入っていたとか。
「男たちの生霊じゃねのか」が、私メの彼女に対する最後の言葉でありまして、それはそーいう理由があったのでありました。

が、私メは彼女をオンナとして見たことはなく、「昨日、三人にナンパされたおん」とか「そのうぢ、オノ君もわたしに惚れるわ」などと気軽な関係だったのであります。

発病してから、病気はさまざまな形で彼女を襲い、両親が死に、夫が逃げ出し、最後には介護をしていた息子も行方不明。
彼女の実家は廃屋と化し、病棟のベッドで息を引き取ったとか。

それらの悲惨は大運が物語っております。
大運には順運と逆運がございまして、もしも順運だったならば、その人生は華やかな男運が途切れずに咲いていたはずであります。

いつだったか「奇門遁甲って、わたしに使えるかな」と訊かれたことがございます。まだおぼつかないまでも歩行が可能だった頃でした。
コンサートに一緒に行き、ところが帰り際、観客が去ってもセッちゃんは座席から立ち上がれず、私メに手を伸ばした時のことでありました。見られたくない姿を見られてしまった表情で「奇門遁甲を」と誤魔化したのかもしれませぬ。
「モテモテだったセッちゃんも、こーなってしまったか」
と手を引き上げたのでした。病魔にむしばまれた死臭に似た吐息が私メの鼻を突きましたです。80歳過ぎの老婆のよーな皺も病魔のなせる残酷でございました。地獄から引き吊り出した思いだったのを記憶しております。

「あとで調べとくよ」
結局、奇門遁甲をほどこす前に、彼女との音信は途絶えたのであります。私メだけでなく、すべての知人との関係もみずから絶ったよーであります。

奇門遁甲で生年月日や大運を変えることが出来ると秘伝書には記されております。が、実際はたとえば胃がんを胃潰瘍に軽減するだけのものであります。それでも本人にはかなりの光になることでございましょう。

酔えない酒を飲みつつ、カラオケで賑わう店をあとにいたしました。

実家の部屋で、彼女の生年月日を調べ直しました。死期を告げる赤い矢印は今年の1月に集まっていたのでありました。
「セッちゃんと最後にデートしたのは、自分ということになるわけだなぁ」

ため息をついた、その直後、携帯が鳴りました。
「ここにも羽根から血をながしている鳥がいる……」
窓ガラスには夜の雨の筋が数本、ななめにはしっておるのでございました。