2017
03.31

いくつかの路地を折れた坂道の途中に、ちいさくて素敵な店がございました。

「なんでもいいからワイン持って来て」
と言いましたら、
「ダメダメ、そんな注文したら」と、かたわらのお女性にたしなめられ、では、どのワインにするか、店員にレクチャーされていたとき、はじめて、彼女の靴が目にとまりました。

カウンターのしたの暗がりに花が咲いたように靴がそろえた足を飾っておりました。

新しい靴はエロチックでございます。
「雨が降らないといいね」
「好きだったはずよ、雨が」
春先の花にも似た靴が、雨に濡れる残酷を心配したのであります。

酩酊して、店を出ましたら、泥酔のオヤジどもがスマホをかざして「誰のだ!」「落した奴はいないか」とがなり立てておりました。
靴をみたら、靴はとおせんぼしたオヤジどものドタ靴に囲まれ、生まれたばかりの仔犬のように困っておりました。

この夜は音楽のない夜でありました。
「靴、買った?」。ついに問いかけました。
「衝動買い」と彼女は答え、すると暖かさと冷たさの入り混じった夜風が足元をすくいます。

彼女は靴を脱ぎ…、そして靴を履くのでありました。
私メも靴を脱ぐのでありました。そして、やはり靴を履くのでありました。

靴を履いたらサヨナラの時間。

坂道をおり、別れたら、止まっていた音楽が流れだしました。

イカンイカン、もうワインで酔っ払うのは問題だ、私メは冷蔵庫から水をグラスに注ぎ、また靴のことを考えたりするのでありました。

新ししい靴は次の展開の前奏曲のように、そういえば舗道に音も残さなかったことを思い出したりいたしましたです。