2025
05.28

誕生樹が倒木したのであります。
手をかけたら、そのまま力なく折れたのでありました。

私メが生まれた時、亡父が、植えたというナンテンの木。

これは予兆なのか、それとも身代わりなのか。

数年前、松の木を業者に根こそぎ伐採してもらった翌日だったかに、突如として、坐骨神経痛に見舞われたことがございました。
足の指の先まで痺れ、横断歩道もまともに歩けぬ情けなさに愕然としてものであります。

その時のことを思い出し、とりあえずありったけの塩を折れナンテン木の根元にふりかけました。

気のせいか五十肩の痛みが和らいだよーでございます。

塩をふりかけつつ、
「まだ生きよーとしているのか?」
もう一つの魂が問いかけてきました。
「もう、十分ではないか?」
と。

魂の問いかけに、「それはそーではあるけれど」と否定はできませんでした。

が、10歳年下の従弟のマー坊の葬式に参列したいと思いました。
11歳年下の弟が癌になり、病室で「怖がらなくても良い」と言いたいと思いました。

執念でしょーか。

2025
05.27

いつものラーメン屋に入ったのは、モリオカ滞在の最終日でありました。

今回のモリオカは気ぜわしく、いつもは使わない神経を使ってばかりいたよーです。

「何か忘れていることはなかったか?」
エロ雑誌の取材のあとで、
「そーだ!」
カレンダーを見たのでありました。

母方の祖母、フラッパーの婆さんの、最後の愛人の命日が近いのでありました。
邪教、立正佼成会会員で、私メとは相性が悪かった祖母でしたが、自由気ままな生活を謳歌していたとしか思えません。

年下の、権四郎という愛人を見送ってからは、すこしは大人しく暮らしていたとは思いますが、彼女の中に流れる淫蕩な血を私メ自身にもたびたび確認してしまうのであります。

同棲していた権四郎が死んだのは、私メが中学2年の時。
修学旅行から帰って2日目でありました。

墓に花を供し、線香の煙につつまれながら、私メが墓参りをしなくなったら、無縁仏になるだうーなと思うのでした。
権四郎は祖母の色香に狂い、本家を捨てたからであります。
実家は太い家だと聞いております。

いや、誰であれ、いつかは無縁仏になるのであります。

享年56歳と、風化しつつある墓石に刻まれておりました。

そーして、ラーメン屋に立ち寄り、流刑地の老母と面会したのでありました。
老母に小遣いをわたし、権四郎の墓参りしてきたことを告げると、
「いがったぁ~気になって仕方ねがったおん」
感謝されたのでありました。

2025
05.26

体力的に消耗が激しいので、ひさしぶりにモリオカの有名店に赴きました。
肉でも頬張ろうかと。
ここの豚肉は旨いのであります。
それと朝鮮冷麺も。

で、席に案内されるのでした。
その途中、トイレから出てきたとおぼしき老婆が、私メの前で、階段をふみはずし、ふわりと紙切れのよーに転倒しかけたのであります。

反射的に腕を差し延ばし、老婆を抱き止めましたです。
瞬間的に左の五十肩に激痛が走りましたが。老婆̪はずるずると腰砕けの状態で、伸びた餅のよーに階段にくずれましたので手を放すわけにも参りません。

すると家族が寄ってきて、老婆の脇の下から引き上げよーとしましたが、
「それではいけません」
と制し、仕方ないので老婆を抱き上げてやったのでありました。おもいがけぬほど軽いのでした。

瞬間、老婆の皺だらけの黒ずんだ瞼が見開き、その瞳が私メの瞳と直線で結ばれました。
意味のある交錯でございました。
老婆の顔は不自然なほど近くにございました。
痩せて尖った鼻梁のしたに、白い差し歯がのぞく、乾いたくちびるがありました。

老婆はお姫様抱っこされたまま、私メの手に、手をかけたよーでした。
ヒヤリとするほどの冷たい掌でありました。その手のひらの中指?の微弱な感触が私メの手の甲はおぼえました。記憶が逆回転いたしました。それは若い頃に、ホントに偶然に手を触れてしまったあとの少女の意味ある恥じらいにも似ておりました。

「膝にゆっくりと力を入れてください」
しずかに床に立ち上がらせたのでございます。

一瞬間の老婆に宿っていたイヤに真剣な眼差しは、ふたたび虚ろにもどり、線香花火の燃えかすなのでした。

おそらく私メより20歳は年上。
もしも、老婆が40歳で私メが20歳なら。
老婆が50歳で、私メが30歳なら。
老婆が60歳で、私メが40歳なら。
これらの条件ならばOKでありましょう。

が、背中を曲げてガニ股で杖をついて家族に連れられて席に戻る老婆の後ろ姿を眺めつつ、それらの妄想を頭を振って追い払うのでありました。
五十肩を二度ほどまわしたのでありました。