11.27
生まれて初めてリハビリ治療をされに行きましたです。
頸椎が。PCなどの仕事のやり過ぎで、激しく痛んでるとのこと。
モアイ像のよーな姿勢を意識しなければいけないよーであります。
で、私メを担当してくれたれた理学療法士は32歳のお女性でありました。ずん胴美人でございました。
彼女は、私メの首のあたりをコリコリしてくれながら、
「いまですね」と語り始めました。
なんとかいうオイルのねずみ講に誘われている。もちろん断ろうとしているのだが、それを勧めてくれたのが友達。
「友達を失いそうです」
そーですか。
ベッドにあおむけになりながら、「それはすでに友達ではないですね」と、すこし遠回しに言いました。
「もともと、友達ではなかっのかも。友達だと錯覚していたのかも」
「それって、あんまりじゃないですかぁ」と彼女。
もともと友達不在の私メには困った質問でした。
しかし、彼女の年齢を考えれば、友達と言う存在は絶対に必要だという幻想に取りつかれていても間違いではありますまい。
「人生が変化するときかもですね」
易者だと分かられてはいろいろと面倒でしたが、
「この年になって振りかえるとね」と胡麻化しつつ、「友達が去る時って、自分が変わることが多いもんです」
帰り道、自分はどーして友達作りをしないのかと過去を振り向きましたら、「ああ」と真夏の海岸の松林の向こうで、仲間が10人ほど楽しく遊んでいる光景が思い出されました。
あの時からだな。
お前は来なくていいと前日に拒否され、予定していたキャンプを断念しつつ、しかし断られたとは親に言えず、翌日、みんなとは時間をずらして山田線で海に向かったのであります。その日に帰ってきた私メは、母親に「つまらないから」と告げ、自室に閉じこもり、犬の顔をなんども撫でておりました。
俺は一人マイペースが性に合う、それでいいじゃないですか。
ずん胴美人さんは、ごく普通の感性の持ち主だと思います。
友達云々もせいぜい40代まで。
●十傳より→仕事が出来れば◎。
先生、私もこの歳になって、友達は必要ないと確信しましたです。なんと年端もいかない我が娘が、すでに友達は必要ないと悟っておりまして、びっくりしております。その理由が、「おばあちゃんや叔母さんや家族は物をくれる。けれども他人は絶対タダで物をくれない」と言っておりました。そりゃ、あんたのこと(子供)は自分のことのように、あるいはそれ以上に大切だと思っている人達じゃないか、と思いました。私が友人と思って尽くしてきた人は、私のことを捕食するための牛か豚か、鳥だと思っていたようです。中年までかけて、実験したかのようです。まあでも、人から聞いただけでは納得しないので、体験できてよかったかもしれません。
●十傳より→友達は大事だという宗教にハマっている人の、なんと多いことか。
嫌いな人ですね。
自分が嫌いな人は自分にないもの持つ人なんです
昨日,久しぶりに鬼遁○使いました
●十傳より→実験材料に使わせてもらいました。不審死を遂げましたです。
昨日の鬼遁は私も見つけましたが、朱雀投江と同居しており、怖くて使えませんでした。
もっと怖いのは、先生の返信です。
和の中さんのコメントへの返信としては、話に繋がりが見えないです。
●十傳より→私メも分かりませんです。
オノ先生のは肩こりは稲荷信仰霊かもです
私は昨日,一年近くお参りしていなかったお寺と神社に行きました
お願いして叶った感謝の気持ち忘れていました.
お稲荷様は義理堅く礼尽くすので面倒かもしれませんが何度も来てくれたら
嬉しいのです。
●十傳より→そーやって新興宗教にのめっていくのでありましょー。
友達よりも、菅原壮先生の断易用語集でしょう。もちろんカット編集されていない初版に限りますが。
●十傳より→私メの手元には、鷲尾先生の、その断易用語集の手書きの写本があるのであります。
不審死でも腹上死でも覚悟してます。
〇〇〇〇という新興宗教ですね!一番好きです。
小野十傳も好きですが…
愛して愛して愛して愛して愛して参ります!
by
●●●●
●十傳より→愛して愛して…ってお経ですね。
サランヘヨ!
●十傳より→チ、チョーセン人か! byエテ公