2026
01.20
モリオカへと向かっていたのでした。
新幹線は東京をはなれ一路北へ。
ふいに物音が消えたと感じ、すると車窓は一面の雪景色。
寒波が近づいているのであります。
ああ、13年が経つのだな…。
脈絡もなく、そー思ったのであります。
十傳スクールをスタートさせて13年であります。
早いものでございます。
とうしょは、こんなに長く続くとは思っていませんでした。
鷲尾先生との約束があり、預かったノートを教授するだけだから3年ほどで終えるはずだったのです。
それがいつも間にかです。
対面講義からリモート講義に変わりましたが、かつての受講者の方々をふと思い出すのでありました。
あと何年やれるのか…いささか心配ではありますか、なんとか頑張らねばと心と体を律している次第であります。
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十傳スクール /
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2026
01.19
占いは、生きている間、宿命の限界まで幸運を掴む方法であります。
死後の運命をみる技術ではございません。
生きるとは肉であります。
骨ではございません。
肉とは欲に直結しております。
食欲、肉欲、金欲、睡眠欲……。
生臭い世界なのでございます。
巳の日ということで、宝くじ売り場に行列が出来ておりました。
話題のラーメン屋ということで、長い人々が行列しておりました。
なぜか貧相な人相の人たちなのでありました。
いまになってコロナワクチンを打った人たちが、病に斃れております。いや、当時、ワクチン接種後に死んだ人も多かったのに、そーいう報道はございませんでした。
かつて、ワクチン接種していない人を激しく叱責していたことを思い出します。
夢とか、希望と言いう妄想をはぎ取ると、そこには、貧困、死、病気、暴力などの現実が口を開けて待ち受けているのであります。
そーいう地獄を避け、肉に関する歓びを見つけることが占いなのであります。と、私メは考えますです。
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占いのお話 /
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2026
01.18
叔母の訃報が、遠縁のヨシノブ兄ちゃんからもたらせましたです。
私メにとって育ての親。
私メの精神、性情は叔母からの影響が多大でございます。
はげしく霊感の強い人で、幽霊を何度も目撃し、懸賞なども何回も当たったりしていました。電気掃除機、カラーテレビも当てていたのです。
が、いや、だからかもしれません。幸福だけは当てられませんでした。不幸な一生でした。
幼少時に大火傷を負い、喉にケロイドが残っておりました。19歳から円形脱毛症ですっハゲになりまして、治ったと思ったら、今度は内臓を痛めて3年間の闘病生活。
気づけは30歳を超えておりました。女盛りを病気で無駄にしたのです。
結婚は40歳の時。雨の降る肌寒い不気味な日でした。
しやわせは1年半。その間に娘を出産いたしました。
亭主が発狂したのです。
2年後に離婚したら、その亭主が我に返った亭主が、ガス自殺。
いちど敷居を出たものは実家には戻れないという昔風の風習にしたがい、そこから極貧が始まったのであります。
10年後、叔母の娘の反乱がございまして、それにかぶさるようにオノ家では佼成会の乱が勃発し、叔父たち叔母たちの猛攻で、そこから親戚間での冷戦がはじまったのであります。
ために、叔母の訃報が、ヨシノブ兄ちゃんからだったのであります。
いま叔母の不幸な命式を見つめながら、
「不幸な命式のなかでも最悪な人生を歩んだのだなぁ」
むしろ死によって、不幸な人生から解放されたのだと、どこかホッとしているのであります。
どうぞゆっくりとお休みくださいと。
さて、叔母の遺骨は、どこに埋葬されるのか。出戻りですからオノ家の墓でありましょー。私メの許可なくして、お寺は埋葬も、火葬も許可しないのであります。冷戦下にある叔母の娘の出方は?
そして、奇妙なことに、私メを半年間、苦しめていた関節痛が、ぽかっと和らいだのでございます。
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