2026
03.19

夜半に、ふと目覚めることがございます。
「あの卦は?」
おそらく夢の中でも、考え続けていて、なにか衝撃的な閃きが降臨して、ガバッと目が醒めるのでしょー。

「入金はあるか?の占的に対して恒の三爻変。
入りません。
応爻の戌妻財が空亡ですから。世爻の官鬼は回頭の剋。四爻の午子孫も暗動して世爻を叩きます。

そして、やはり入金はございませんでした。

ところが、夜、この卦にうなされるのであります。
空亡が過ぎたら、空亡ではなくなるのか。
とか、世爻の官鬼が子孫に変わるのが不気味だ、とか。

やがて卦は、勝手に動き出し、まどろみから醒めた私メを直撃するのでありました。

「応爻の戌の妻財は、資金者であり、空亡ということは、支払う意思がない」などと空亡が頭を駆け巡るのでした。
おまけに相談者の生年月日までも思い出され、今年は丙午。
「ということは身旺弱才の年に当たるわけだから、法律関係に注意をしないとヤバイのでは
ますます目が冴えてくるのでした。

こうなれば、もはや眠りにつくことは出来ません。
夜がしらむまで狂った頭が動くのでありました。

易者の宿命だと心得ているのであります。

2026
03.18

甘茶を頼まれていたので、仕事の合間に向かいました。
山奥の宿へ。
両側に雪の壁のせまる道でしたが、凍結などはしておらず、いちおうは快適なドライブでした。

しかし、
「すみません、もは、その商品は扱っていないのですよ」
と言われました。
「九戸までまで行っていただければ」
それは無理。

一戸、二戸、三戸、四戸、五戸、六戸、七戸、八戸、そして九戸。
太古の蝦夷たちを分類して住まわせた名残が「戸」なのであります。
岩手県だけでなく、神戸とか、江戸とか、樺戸とか、じつは差別的な地名なのでございます。

九戸は八戸や七戸の先にあるのではなくのではありますが、老体の運転には答えますです。

甘茶は諦めることにいたしました。
宿のいっかくにレストランがございまして、東南アジアのやつらが給仕しておりました。

で、食ってみることにしたのです。
「湯葉のイクラ丼」
うへぇー。
味とかそんな程度を語る前に、ご飯の量が多すぎるのでありました。
喰っても喰っても減りません。
東南アジアの奴らが、おもいっきり盛ったのでしょー。
タダの盛り方ではございません。
ギュッと力を込めての押し盛りでありました。

喰い終わった時には貧血で倒れそーになりました。
帰り道も居眠り。

あぶない、あぶない。

2026
03.17

モリオカの実家の鉄門をひらきましたら、空き地に春の日差しが降り注ぐ一面に、バッケの顔がのぞいておりました。

バッケ味噌を作らなくてはなりません。
春の最初のごちそーなのであります。

世の中は地獄の様相を呈しております。
乱世に背を向けて、またしばらくは世捨て人。

でもいつもと同じかも。

仕事をいっぱい持ってきましたから、まるで山奥にこもるイメージなのであります。24時間自分のことだけに費やせるのは、これは幸福のひとつではないでしょーか。

人付き合いをすべてカットすることもしやわせの一つでございます。

バッケをバケツ一杯に摘みましたら、キッチンはバッケの匂いであります。
さあ、料理スタートでございます。