2026
04.08
花祭りでしたので、いつものお寺に向かったのでした。
いつものお寺ーー日本酒を何杯も振舞ってくれるお寺なのであります。
このお寺を発見するまで、10年以上も、横浜や鎌倉や横須賀まで彷徨っておりました。
甘茶も用意していない法華経のけち臭いお寺もありました。
このお寺を発見したのは偶然です。
ジムで耳にしたからであります。
今年は去年より、桜が散るのがいささか早いのでした。
桜花のすこしが枝にしがみついているのでした。
その枝から富士の山がのぞいていました。
「名物だからな、ここからの富士の眺めは」
老人たちが語っておりました。
なるほど特別な眺めでございました。
若者は誰一人おりません。
いや、おりました。幼稚園の園児たちがヒヨコのように老人たちの隙間が見えていました。
テントの下では、振る舞い酒と、焼き芋が用意されいるのでした。
お酒の良い匂いが、春風にのって香っているのでした。
年寄りたちが五、六人。
檀家さんグループなのか、年寄りが手招きしてくれたのでベンチに腰を下ろしましたです。
竹には五合ほどの日本酒が入っているのでした。
松竹梅。
注がれるまま、たちまち七杯をあけましたです。
焼き芋も三つ胃袋におさめたのでした。
ああ、この老人たちの数人は、来年にはこの世の人ではないかもしれないと思い、ふと、私メと同じぐらいの年齢かしれないと気付いたのでした。
参拝者がふたたび集まってきたので腰を上げました。
ああ、良い一日でありました。
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死の扉 /
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2026
04.07
血圧を低く抑える薬を飲みましたところ、215から140にダウン。
それはそれでイイのですが、どうも、
「集中力がダメになったよーな」
という副作用が生じたような気がいたします。
なので、理髪店に行き、「短く」と頼みました。
理容師は、「イキますよ!」と嬉々として、私メの頭髪をバッサリ。
じつに13年ぶりの理髪店なのでありました。
一時間後には、ほーれ、ご覧の有様なのでありました。
髪は血余と申しまして、心臓ー目ー髪の毛と密接に関係があるとされております。
三年前に左目を患ったのも、「心臓に関係があるのでは…」となんとなく思っておりました。
このたびの血圧。
じつは血圧を測るキッカケになったのは、二か月前にモリオカに戻ったおりに妹が「血圧が160あったおん」と言い出したので、どれどれオレは? コレでありました。
そしたら200越え。
そしてお薬となったのであります。
なんでもグレープフルーツジュースは飲んではイケナイとか。
血圧が140に下がったのは、それはそれで問題ないのかもしれませんが、集中力の低下がひどく忌々しいのであります。これでは常人と変わりませぬ。
「血余である髪を切ったらどーなるか」
という衝動で散髪に踏み切ったのでありました。
すこしは集中力が戻ったよーな。
いやいや、それよりも短くなった髪が気になり、散髪の効果は分かりませぬ。
グレープフルーツジュースを飲んだらどーなるのか、これは次なる好奇心なのであります。
2026
04.06
見事なお庭を見つけました。
私メの好みではありませんが、整然とした迷いのないお庭でございます。
庭は、その人の心の中を写す場合が多く、その点については、この主人とは、
「話が合わないかも」
とは思いつつ、しかし、お庭に関する思い入れを、ぜひともお聞かせいただけないかとも思うのでした。
私メもお庭が大好きなのであります。
和でも洋でもOK。
岩や石の美しさをいかに見せるか、という日本庭園。
反対に、植物を主体とした西洋の庭園。
どちらも自然を模しつつも、不自然さに美をとけあわす人口美なのであります。
心のうちなる荒廃した部分にも、お庭を施したいと思う時がございます。
中国人を見たとたん不機嫌になる心を有して、いったい何十年になるでしょーか。
その見慣れた心の風景を、掘り起こし、土台を固め、まったく異なる景色を作れたらとは、たまに思うのであります。
いや、そのためにお庭があるのかもしれません。
お庭は心の風景だとすれば、お庭を作り変えることで、心のカタチも変わるのではないかと。
けっして中国人嫌いの自分がイヤなのではなく、むしろ誇らしいのではございますが、それとは別に、そんな自分自身に、
「飽きがきた」
と感じることも事実。
催吉的なお庭も、易者である自分は考慮しなければならないのでありました。