2025
08.29

今年の百日紅の花はどこか寂し気であります。
関東に戻っても、モリオカでもいつもの夏のようではございません。

花たちは藻掻いているのでしょーか。

お女性もまた、夏の終わりになりますと、どこかソワソワ。
スーパーで買い物をしていますと、50代ぐらいのお女性と目が合う回数が増えてきたよーな。
熱の帯びた視線なのであります。

老母が流刑地に入る前、よくスーパーで買い物をいたしました。
あるお女性が、私メの買った魚介を指さして、「どんなお料理をなさるのですか?」と尋ねられたことがございます。
料理の説明をしながら、「では」と家に来て実際に料理の仕方を教えましょーか、などと誘われたがっているよーな、スリリングな体験を求めているのかと気を回しました。
すると老母が後でのこのこやってきて、「気をつけねば」と60代の私メに注意を促したものでした。

先日も同じよーな事がございまして、どーやら夏の終わりの蝉のよーな現象が、50代以上のお女性のハートに沁みているのかもしれないと思ったのであります。

男はといえば、季節に関係なく、そーいう気持ちは高まっておるのであります。
性欲といえば性欲。では性欲だけかと言えば、性欲だけではないロマンスっぽい秘密を求めているのは確かでございます。

しかし、年代を問わず、恋というものは、かならず「傷」を負うものであります。
恋とは快楽だからであります。しやわせとは別物だからなのであります。

しやわせは未来のために快楽を封印せねばなりません。
そして快楽自身が自分から離れ苦痛に感じたとき、本当の老いを迎えることになるのであります。

それはともかくとして、いつかは深い傷をおうことが分かっていながら、無傷で人生を終えたくないという秘密を求める不条理が、晩夏からイブにかけての期間、お女性の行動を支配しているのかもしれませんです。

  1. オモテになるのですね

    ●十傳より→へへへ。