2020
04.14

全世界に蔓延している中国人がもたらした新型肺炎。
不思議なことにイワテ県は、いまのところ、その疫病から免れておるよーであります。時間の問題だとしても、県内はいたって平和だとか。

イワテにも色々な祭りがございます。
「ちゃぐちゃぐ馬っこ」という田植えを終えて百姓がひと息ついたところで馬たちに派手な衣装を着せてモリオカの八幡宮まで詣でる祭り。
夏は「舟っこ流し」「さんさ踊り」は有名であります。
秋になれば、何人もの男たちが神輿を太綱で曳いて市内を練り歩く「八幡様のお祭り」

が、どの祭り一つとっても静寂が支配しているのであります。大阪や博多や江戸の祭りと比べ、まことにひっそりとし、ドラ声などは発しません。

うつむいてとぼとぼ歩くのであります。
山車を引く声も小さく、威勢の良さの真逆であります。悪い事をしているよーな囚人の行列に似ております。
さんさ踊りは、一応は賑やかではありますが、市が開催していまして、定刻には一斉に終了。みなワイシャツ姿に着替えるのであります。汗まみれの衣装のまま店にあがって、椅子を汚すよーなことはございません。ホントはあまり楽しくなく、仕方なく祭りをしているとも受け止められますです。

また、お笑いがキライな民族でもあります。漫才や落語の、
「どこが可笑しいのすか?」
と真剣に首を傾げますです。
芸人などのTVを見ていれば、問答無用で親に消されるのであります。

さらにロックなどの音楽は体質に合わないよーで、それでもいちおうは都会のスターたちのフェスには「せっかく来てくれたのだから。可愛そーだから」と参加はいたしますが、手拍子は、民謡のソレ。
無理をして好きになろうとしているだけ。体質が追いつきませぬ。

「だいたいにして矢沢永吉どがのはロックでねべ、サル演歌だべじぇ」
結論を、そこにおいて、安堵するのであります。
落ちぶれてからコンサートを開く場所がイワテ。落ちぶれた者には優しさという残酷さで接してくれるのであります。鳥飼とか岩崎の妹とかがきましたが、イワテでコンサートを開いたら、落ち目街道まっしぐらの証拠。

つまり大騒ぎが大嫌いであります。
「オノよ、そんなにオダツんじゃねぇ」
はしゃぐ私メはなんどたしなめられたことか。

男は黙って喋らねの。
痛てどが苦すどが、いちいち弱音を吐いてどーする。
嬉すくても有頂天になってはわがね。
笑顔は見せねの。苦しんでいる人に申しわげねがえん。
美味めどが、不味いどか小言はそわねの。喰えるだけ、すあわせ。
やんたこどがあっても顔色変えねの、騒がねの、嘆がねの。
だーれ、心に簡単に傷など負うわげねがべ。ただの神経質。そったなごどでは生ぎでげねぞ。

タノシミは昔話。
「あれはたすか…昭和48年の夏のこどだったがよ」
と始まるのであります。

イタリアのお喋り大はしゃぎ民族と比較すると、「なるほど」、飛沫感染は極端に少ないと納得するのでございますです。

すぐに新しいことに飛びつくことを恥と知るイワテの民族は、「そこが奥ゆかしくてイイどごだ」とひそかに誇りに思っているのでございます。
「なぬがオンラインだ、なぬがデオールだ、なぬがベンツだ」

もしもモリオカにおいでのついでがあったなら、正午に不来方城城跡の石垣に立っていただきたいのであります。
お昼を告げる音楽を耳にするでありましょう。
それはそれは暗い、もの悲しい旋律が、市内をなめるよーに流れていますですから。

イワテの民族のすべてがわかるはずであります。