2025
12.04

お待たせいたしました!

どーなるかと思っておりましたが、多くの方々から急かされまして、やっと見本が出来ましたです。

一部、5,500円でございます。

ご希望のお方は、当ブログの「お問い合わせ」からお申し込みくださいまし。
お届け先のご住所も明記して下さしまし。
詳しくは個別にメールでご案内いたします。

2026年は丙午の年。
いうことを念頭にデザインいたしました。
私メが魔術師となって黄金の名馬に仕立てるという図柄でございます。
なんとしてもカードをご注文していただいた方には幸運を得てもらわねばなりませんです。

そして、カードには胎蔵物的なモノを仕込んでおります。
裏面は、私メの手書きのバイオリズムとお名前。
工程が複雑でして、手間がかかるのであります。

年内にお届けできないかも…と自信がございません。
ご注文の締め切りは12月22日とさせていただくのであります。

また無料版は思案中てございます。

それはそーと、これから材料を仕入れに行ってまいりますです。

2025
12.03

家相で、一部を、たとえば床の間の裏側の壁を、あえて手抜きのようにして、家を未完成のままにしておくというやり方を、むかしの大工は常識にしていたよーであります。

京都の知恩院の屋根裏に残されている、左甚五郎の「忘れ傘」も、その一例。盈を嫌うのであります。満月はやがて欠けていくサダメ。何事も十三夜のよーであらねばならない。これが日本の考え方でございましょーか。

私メも新築の家相の相談を受ける時には、「どこか一部分は未完成に」とアドバイスいたします。クローゼットの奥の壁紙をあえて貼らないとか。

この盈を嫌うのは、家相だけではないよーであります。
明治の易聖と呼ばれている高島嘉右衛門、いわゆる高島呑舟の残した占例にも見受けられます。
原文は漢文。
画像はその訳文であります。正確には「高島易断」というもの。

呑舟の高島易断の漢文は、旧帝大出の満州浪人の柳田幾作という漢学の秀才が手助けしています。そんなことより、呑舟の名占に一つだけ、誤占を載せています。

地水師の四爻変。
海軍の軍艦うねび艦が行方不明になったときに占ったもの。
適当に占ったのではなく、呑舟の娘は伊藤博文の息子の嫁。呑舟は伊藤博文の義理の父。占いを依頼したのは陸軍の中将でした。

これをハズしました。

呑舟は周易を用いていまして、いつもは爻辞で占うところを易象で観てしまったと弁解しています。

しかし、自分の誤占を一つだけ載せることで、高島断易の本を完璧にしたかったのだと、私メは解釈いたしますです。

家相のところを呑舟を引き合いに出しましたが、明治以降の名易者は数々いられます。このよーな易者のお話もたまには良いのではないかと思いましてね。

2025
12.02

この数日、Xmasセミナーのテキスト作りに没頭しておりました。

その結果、瞼が腫れあがり、画像の如くの形相になりましたです。
それでも止められず、テキスト作りが楽しいのであります。頸椎の痛みも肩の痛みも感じられません。

私メが易者になろーとしたのは、ただ食い詰めたからでございます。
「人生は終わったな」
いろいろな仕事をして失敗や挫折を経まして、もう誰に使われるのもイヤだ。自由な暮らしで食っていくことは出来いかと思案しましたら、易者が浮かんだのであります。
「易者『でも』しよーか」
動機は不純といえば不純。
しかし、どーしようもなかったのでございます。
1年ぐらいでマスターできるだろうとタカをくくっていましたら、10年はかかったよーであります。
いいまでも分からないことがいっぱいございます。

始めは占いパフォーマンスからでした。
マントを羽織りアホな占いをテレビカメラの前で演じるのでした。
モリオカの親たちは、私の姿をテレビで見ると、反射的に消したとか。
それはそーでありましょー。
堕ちるところまで堕ちたと父親になじられましたです。

それが偶然に雑誌の原稿書きというアカデミックな方向に変わったのはどーいう偶然が働いたのか分かりませんです。本まで出してもらいました。

そーして十傳スクールを主宰いたしております。

もはや『でも』ではなく、易者『しか』ない、なのであります。
こーして腫れた瞼でテキスト作りをしていても苦痛ではなく、むしろ楽しいのであります。

これでは死ぬまで易者かもしれませんです。