2024
09.19
09.19
私メは、好きではないのですが、足がかってにお墓に向かうのであります。
実家の裏庭には、曼珠沙華。
死人の花であります。
いちど茎が枯れ、そこからふたたび成長して毒々しい紅色の花を咲かせるのであります。
この花をみて、
「秋の彼岸が来たか」
気が付くと墓参りをしているのでありました。
お墓というところは妙なところで、たしかに「あそこにあった」と目指す墓の場所を覚えているつもりが、二三年ご無沙汰していると、その墓にたどり着けない奇妙があるのであります。
墓じまいをしたりして、墓場の地図が狂うからかもしれません。
人類が誕生してこれまで、どれだけの死人が出たのでありましょーか。
現存する人たちよりも、圧倒して死んだ人たちの方が多いのは頭では分かります。
死ぬことは分かっているのに、実感がわきませんです。
死に対する実感はわかないのに、「ああ、あいつも死んだ」とか「もう生きてはおるまい」などと親しかったお女性を思い出すのであります。
モリオカで、スーパーで買い物をしていると、老婆の視線を感じたりすることがございます。
白髪で皺にたたまれた老婆の視線が、いやにまな暖かったりすると、
「知っているお女性かも」
と老婆を50年も昔に復元させたりいたします。
たいていは「?」のままで終わるのですが。
齢を取るということは、何一つとして良い事はございません。
誰が何と言おうと、老いの本が出回わろうと、良い事はない。この一言だけであります。
私メは蓄積している占いの知識をはやく吐き出したい念ばかりであります、死ぬ前に。
