2025
10.21
モリオカに戻り、さいしょにすることは花を買うことであります。
今回も花を買ったのであります。
仏壇だけでなく客間、キッチン用に抱きかかえるほどの花を買いまして、殺風景な家の中は華やぐのでございました。
今日は小雨混じりの曇天。
暖房がなくては過ごせません。
屋敷全体を龍とみたて、いま龍の首にあたる仕事部屋で、このブログを作成しております。
庭の立木が紅葉し、ブラインドに細かく切られて眺められますです。
アレクサの画面には深夜にかけて霜注意報が定期的に流されておるのであります。
だれが総理大臣になろうが、熊被害がどこであろうが、外界と遮断された、痺れるような静寂につつまれた空間にいるのでした。
そーして一か月分の鑑定した断易や命式を眺めたりもしているのでございます。
いつの間にか鼻風邪も消えているのでした。
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十傳の日記 /
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2025
10.20
今年は蜜柑が鈴なりでございます。
隣の敷地に枝を伸ばして、その枝が重たそうに蜜柑にたわんでおるのでございます。
かわりに、柚子は不作のよーでありました。
この2日ばかり自室に閉じこもりきりでして、万歩計もゼロ歩。
そこで庭に出てみたのでございます。
神経が立っているのか、夜は睡眠薬がないと熟睡できませんです。
ちょっとしたことでイラつきますから、ここは内向するのがイチバンだと判断しているのであります。
もしも出かけ先で、誰かと会話でもしよーものなら、相手の急所を突くよーなひと言が飛び出しそうで危険なのでございます。
易者病でしょーか。
目つきも退職後の警官のよーに極悪なのでは…と思うのでございます。
そこでたわわに実った蜜柑を眺めてホッとしたみたいな気持ちに包まれたのでした。
それはそれで「情けない…」の思いもございます。
相手の言葉の裏に隠された本音。
人相にあらわれている相手の本性。
それはそれでその人物の特徴なのでありますが、特徴だと突き放せばイイものを、好き嫌いで判断してしまうのは、おそらく「お疲れですよ」のサインかもしれません。
それとも年齢による頭の海馬が縮こまったのか。
蜜柑の黄色に泪してしまったらオシマイですが、そこは踏みとどまっておりますです。
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死の扉 /
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2025
10.19
神蓍の手入れをしました。
いくつかの神蓍を持っていますが、たまに「気」を新たにするために、サイコロを取り出し、それはそれで清め、箱である神蓍も空気に晒したのであります。
道具は大切なのであります。
それが占いの道具であれ、趣味の魚釣りの竿であれ、カメラであれ、道具を粗末にしてイイ事はございません。
たとえば靴も同様。
腕時計も同じ。
スマホだって、たまには電源を落として画面をキレイにして悪い事はありませんです。
財布だとて、余計なものを入れてはなりません。
いやいや、お札やコインをいれる道具ですが、どんな人が使っていたお札やコインか分からないではないですか。
悪い菌が宿っているかもしれません。
神経質になることはいけませんが、自分の持ち物は、自分で選んで気に入って持ち歩いているのですから、やはりお手入れすべきであります。
お道具を粗末にしている人を見かけると、
「この人は自分の配偶者や恋人を粗雑にする人にちがいない」
なんて思ってしまうのであります。
そして、当たらぬまでも、その傾向は否定できない言動をしてしまっていることに共通点を見てしまうのであります。
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独断的恋愛論 /
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