04.04
旅行からかえってると、このたびの九州へのクルーズは嘘だったかのように思えるのであります。
なかでも柳川の景色はとおい昔の童謡のようにかんじられますです。
「ああ、どうしてこの女を手放してしまったのかなぁ」
と別れてずっと時間がたってしまってから後悔する恋のように、柳川の魅力というものははなれてはじめて実感するもののようであります。
古い絵葉書を眺めているような気分。
フラッパーな祖母の時代に自分も生きていて、そのフラッパーな祖母と恋を語っている空想にも似た気分にさせられる土地なのでありました。そうです。祖母にけむたがられていたのは、じつは祖母の記憶に、私とよく似た男に遊ばれた過去が引っ掛かっていたからに相違ないと思っていました。そして、それは私とよく似た男ではなく、もしかすると私自身だったのかもしれません。
前世とかではなく、私の妄想が時間をこえて、祖母の時代に現実となってあらわれていたとしても、この柳川の風情につつまれていると、ひとつもヘンなことではないようおもえてくるのでありました。
立ち寄ったウナギ屋で店の従業員が「今年は水不足で、川下りの舟が川底につくんです」と九州弁で教えてくれました。川の水がすくないので舟が座礁しやすいのでしょう。
「それはそれでいいいですねぇ」
と答えたら従業員の姉さんの肩越しに、こんな桜が咲いているのでありました。
「隅田川の桜もイイですよ」
と言いましたところ、
「自分は九州のほかはどこにもいったことがないけんね」と笑い、「いっぺんでええから関東にいってみたかごたるねぇ」とつづけ「すみだ川…いい響き」とお酒のおしゃくまでしてくれたのでありました。
勧められるまま、ほろ酔い気分で舟にも乗ってみたのでありました。
さらに酔いはふかくしみて、からだも心もやわらかくなっていくのでありました。
ひな祭りの風習なのか、お濠には短冊だの花飾りなどがうたかたと浮いているのでありました。
この夢のような柳川でのお酒。
これを冷ますために時間がかかり、結局は羽田便のチケットを取りそこね、その夜は博多に泊まることにしたのでありました。
が、それもすでに過去になり、こうしていつもの場所でPCに向かっているのであります。
旅は人生という詩人が多いのですが、旅行は恋愛と言いたいのでした。
私は自由業でわりあいきらくですけれど、金曜日から日曜日まで使えば、勤め人の人でも、このような充実した旅行をすることは可能であります。ただお金はちょっと必要でありますね。実費6万円は必要であります。
そして、男なら、もしもの悦び事を考慮すると10万円は持っていたいところであります。