2021
09.19

UCCの珈琲豆が冷蔵庫にございましたので味わいました。

そーして書庫をひらくと一冊のファイルが目につきましたです。
「おお!」
新大久保に住んでいた20代のころ、近くの古い雑居ビルに、「催眠術研究所」なる怪しげな教室があり、興味につられ通ったことがございます。
そのファイルでございました。

当時の新大久保は、まだリトル韓国ではなく、古い連れ込み旅館がたちならび、新宿のホステスさんらが住むアパートがひしめくよーに軒をつらねている異様な町でございました。

催眠術研究所の建物は、一階が性病科の診療所、二階が占い、異音のするエレベータで四階に、その教室があるのでありました。
講師は、ひとめで大学の助教崩れと分かりました。
よれよれの白衣と、東大メガネをかけ、いつも最前列の左側に、その男が身を持ち崩した原因であると見て取れるお女性が、薄笑いを浮かべているのでありました。

教室には七人ほどの受講生。
私メがイチバン年少でございました。

講義は二時間。
その間に受講生の一人一人に催眠術をほどこすのでした。

悲しいことに、なぜか私メは催眠術にかからないのでありました。
「まるで膣イキを知らない女のようね」
と、向かいに住むホステスさんたちがゲラゲラ笑いながら、私メの報告を聞くのでありました。

ホステスさんのボスが向かいに住んでいて、全裸の彼女が汗を拭きながら化粧をしていたら、台所からのぞいている私メと、ドレッサーで目が合い、
「いらっしゃい、こっちの部屋に」
そこから子分っぽいホステスさんも集まり、夢のような青春の一ページの日々が始まったのであります。

あるとき、ホステスさんの一人に講義で教えられたとおりに催眠術をかけたところ、ほんとうにかかってしまい、目が醒めなくなって焦ったことがございます。
あわてて助教崩れの講師を呼んで、解いてもらった記憶を思い出しましたです。

催眠術講座では、あまり得たものはございません。

けれど、珈琲を味わいつつ、こうしてファイルを読んでいきますと、
「そーだよな」
と頷ける個所がいくつかございます。

「普通の会話の二、三倍時間をかけてゆっくりと単調に、句読点では句切り、一、二秒の間を、術を施すべし」
などは、リモート講義で活用すべきところかもしれないのであります。

録画でチェックすると、早口になったり、声の抑揚があって、よく聞き取れない箇所が目立つからであります。

こんど時間を見つけ、新大久保を散策してみようか。
いやいや韓国人街になり、当時の面影は失われ、失望するだけだろう、とも思ったりするのでありました。