07.05
古い住宅が取り壊されて、もう、この夏の間、咲くはずだった花もなくなっていたのであります。
そこに家々があったことすら忘れかけているのでありました。
あんなに近くにいて笑いあっていた男女が、すれ違っても目も合わさずに通り過ぎるような塩梅であります。
クスクス笑ったり、夜の闇にかくれるように抱き合ったというのに、そのような男女の歴史もねこそぎ失われるように、住宅は数日のうちに失われ、無機質な空間が記憶喪失者の頭脳のように、ぽっかりと空いているのであります。
またモリオカに行っているうちに、こんどは新しい住宅が、当然といった感じで建っているのかもしれませんです。
夾竹桃の生えていた場所すら、定かではなくなっているのでありましょう。
そんななか、頑固爺が居住権をたてに居座っていることが判明いたしました。
よし、いいぞ、いいぞ!
と、ついエールを送りたいのでありました。
家主としては困った老人かもしれませんです。
けれども、その心意気だけはかいたいのであります。
「もう、気持ちが通じなくなったよね、わたしたち」
と、お女性がため息を落とすと、男もまた、
「どうしてこうなってしまったんだろう」
と同調いたすものであります。
が、「ごちゃごちゃとウルさいぞ」と言うだけで、関係が修復されることがあったりいたします。
「どういう意味?」
「意味などきいてどうする」
てな、感じでありましょうか。
「信じてもイイのね」
「そんなことを確認したって無駄だ。オレは決めているのだから」
イメージの中では頑固爺はこういう雰囲気なのであります。
真っ赤な和服を着流して、挨拶すと「うむ」と威張りながら、しかし礼儀正しさを失わない、そのたたずまいは、失われつつある男の流儀というものでありました。
老人の仕事場をのぞくと、金箔貼りの薬剤がございました。
なかなかのサムライなのであります。
たまに息子や娘が訪ねていましたが、早々に帰し、老人は明け方まで、小部屋でもくもくと金箔貼りの作業を続けていたのでありました。
理解者は、たぶん他界した奥方だけだったかもしれません。
こういう頑固者と結婚して奥方はさぞや面倒くさがったかもしれませぬが、バカに理解のある亭主よりは信頼していたことでありましょう。
お女性を理解するということはどういうことなのか。
私メを省みたのであります。
私メもまた、本心を口にしたことはありませぬ。
だからいつも「わたしのことをバカにしているんでしょう」と誤解されるのであります。
が、思ったことを口にすることは、キレイな気持ちを濁してしまうとになるように思うのでございます。
好きだと気持ちを告げて、長続きした恋愛は皆無。
自分はここにいる。
ここでいつまでも待っている。
しかし、当然ではありますが、言葉にしない恋は、誰からも理解されるはずはございません。
お前と恋はしたけれど、その恋の想い出は、もうお前のものではない。オレだけのものなのである。そして、想い出を語ることは、想い出を汚すことなのだから、言葉にすることもないのである。
「そったなごど言ってれば、あんたも、そのオズンつぁんみてぐなるよは。こまった人だおん、なは」
どこかで老母の声がしたようでありますです。