07.06
水連が、少年のような蕾をはじかせているのであります。
泥の中から、どうして赤紫が生まれるのか分かりませんけれど、湿気が建物の壁という壁、道という道をまつわりつくような梅雨の季節に、この花だけが変異のような色をほころばせるのでございますです。
「明日もあえるかな、ここで」
と、約束したきりになった淡い恋のようであります。
どうして約束の場所に行かなかったのかは、よくおぼえていないのであります。
少年の頃は、いろいろと事情があるものであります。
親や教員に支配されながら、その一瞬の隙をついて恋をするものでありますから、いまのような悠長なかまえではいられませぬ。
友達の住んでいた団地の一階の芝生で、東京から遊びに来ていた少女が洗濯のシーツを干しておりました。
白いTシャツの布地は、地方都市の店で扱ってはいない、それは真っ白でしかも柔らかそうなのでありました。
いっしょに歩くと、イイ匂いがするのであります。
誇らしい気分になるのであります。
喫茶店でレスカ(ギャッ!)を注文するのでありました。
「ここのレスカ、すっぺね」
と、おもわず口からこぼれた彼女の方言で、いっしゅん顔を見合わせ、ふきだしたものでありました。
「オノくんといるとズーズー弁になっちゃう」
いま思えば不思議であります。
夏休みでもない時期に、二週間以上もモリオカの親戚のところに遊びに来ていたのでありますから。
彼女にも事情があったのでありましょう。
紺屋町の小路に七夕飾りがわびしくかけられていまして、それをさらさらと指で遊ぶのであります。
「あしたもあえるかな」
「映画につれてってね」
実現しなかった約束は、いつまで有効なのかわかりませぬ。
生きていれば、彼女も50代でございます。
もう、あの匂いを、とっくに失っていることでありましょう。
砂礫のような恋の記憶をたよりに、少年にもどってみるのも悪くありません。