2025
09.28

1998年から三年間、私メは事務所を東京神田神保町に開いておりました。
まだまだ駆け出しで、収入のほとんどは原稿料。

でも原稿書きが楽しくて、時には二徹の日もございましたが、ぜんぜん平気なのでした。40代前半でしたから。

その原稿の仕事に、「おみくじ作成」が舞い込んできたのです。
画像のような仕事。
この会社ではありませんが、やはり食堂に設置する占いマシン?
悪い収入ではございません。
むろん受けました。

それ以後、おみくじの類をまったく信用しなくなったという副作用はありましたが。
そろそろワープロからPCに時代が動き出した頃であります。
データ送信は一回百円、翌年に10円、そしてゼロ円となった頃の頃。

そーいえば、先日、私メと同年代の男と会話することがあり、データ送信を「伝送」と言っておりました。懐かしい用語であります。

2025
09.27

多くの人は自分のことを「不幸」だと思っているよーであります。
人にはそれぞれ悩みがあり、その悩みに軽重はございません。
貧乏人の悩みと金持ちの悩みも、悩みとしてはみな同程度。

金持ちで美人なのに「わたしは誰よりも不幸」と思っていたりいたしますし、「学歴がなくて不幸」とひがんでいるお方もございます。

で、幸せになりたいと苦しんでいるのであります。

しかし、運命学の視点では、それらの方々の悩みは、希望が達成されないだけで「不幸」とはいたしません。
いい歳をして親から離れられず、そこが不幸だと訴えられても、「それはそれで幸せではないか」と判断されます。
能力がなく職場を転々としていたとしても、だから不幸とは考えません。

不幸という錯覚は他者との比較によって発生するものがホトンドで、意識を変えれば、別に不幸でも幸せでもない位置づけだったりいたします。

病魔におかされ、あるいは戦地で食糧難に苦しんだり、あるいは戦争で不具になるなど、自分の意識を変えても、なお運命的な苦しみの生活であることを、はじめて不幸というのであります。

占いの鑑定で、このままではいけないから、生き方をお金目的から離れた方が良い、すこしは人のために骨身を削った方が良い、金、金と多少の時給の良さに転職することをいい加減にした方が良いと言っても、ぐすぐずと何もせず、ただただ神仏などあてにならないものに祈ったりしても何にもなりませんし、それはわがままであっても不幸とは言えないのであります。救いがたい強欲者と変わりはございません。

さらに都合の良い答えを言ってくれる易者を求めて巡礼してはお金をダマされる繰り返し。気休めが欲しいのであります。しかし、自分が蒔いた種ですから不幸ではなくおバカなのであります。

そして着地点は「自分がイヤになりました」でございます。

もしかすると不幸とは、幸運も不運もない、どんよりとした世界の住人達なのでは…と。いわば無幸とか呼ぶのかもと。

2025
09.26

秋は初茸であります。
「今年は無理かな?」
諦めていましたが、穴場の産直に並んでおりましたので、すかさず手を伸ばしたのでありました。
シメジとかマツタケもございましたが、秋は初茸なのであります。

亡父は秋の初め、前日に雨が降ったりすると、山に出かけるのでありました。
私メも伴われるのですが、キノコ採りは全くダメ。キノコに気づかず踏みつけてばかりでした。

亡父は、都会では方向感覚を失い汗ばかりかいて焦る男でしたが、山で道に迷うことはございませんてした。道なき道を進み、同じような藪や同じような空間が続いても、正確に元の場所に帰る本能を有しておりました。
ときには、道に迷って困っている男を、ふもとまで誘うというお節介まで。
「お金貰った?」と問う私メを、「そんなことは下の下の人間のすることだ」といさめるのでございました。

よく熊の気配を感じたり、熊のウンコを見つけては「ほら栗を食っている」とウンコを木の枝でほぐして解説をしたりもいたしました。熊の冬眠していたという穴らしき形跡も教えてくれました。

しかし、私メにはキノコ採りの才能は皆無であります。
キノコ採りの愉しみも分かりません。
はやく帰りたくて仕方ありませんでした。

でもキノコ、とくに初茸は大好物であります。
これから保存食をこしらえたいと思うのであります。

ふと、妹が同じ空気を吸いたくないという夫をキノコ採りにさそい、熊に任せてはどーだろうという閃きをおぼえましたです。