2026
01.25

雪に遮断された孤独な日々を楽しんでおります。
誰もいない。白鳥すらいないのであります。

友達はいないし、欲しいとも思わないので、モリオカでも関東でも、その孤独は同じことではございます。

定刻に起床し、掃除、洗濯、料理、仕事いう日々。

この仕事というのが私メにとって生きるための栄養になっております。
二日ほど葬式という集団行動に時間を割かれ、仕事が出来ませんでしたが、とても耄碌した気分でありました。
親族どもとの無駄な会話、愛想笑い、食いたくもないお粗末な弁当を食わされ、長すぎる坊主のお経、「はやく一人になりたい~」。火葬場までのクルマの中が一人になれる空間でございました。
立場と見栄で、ずいぶんと無駄なお悔み料を置いてきたような気も致します。

そして、やっと孤独に浸っておるのでございます。

ここで誤解していただきたくないのは、お女性は友達には属していないということであります。
お女性という存在は、心のオアシス。肉体の慈しみであります。
オトコ側もまたお女性には同様な快を贈ることで、孤独独特な意固地さを和らげることかできるのではありますまいか。
指はいまなお憶えております。
お女性に最初に接した時の「なんて、柔らけんだべ」の感動を。

目に沁みるよーな真っ白い雪の中を、誰もいない雪の小径を、断易の納甲を吟じつつ、歩き続けるのでございます。

2026
01.24

鱈の頭部であります。
怨念の目で睨んでおります。

熊よりも人間の方がずっと獰猛なのであります。
大海を悠然と泳いでいたところを人間の仕掛けた網にかかってしまったのでございましょー。
悪いのは運。

では養豚のブタはどーか。
殺されて食われることを前提に飼われているのであります。屠殺されるまでブタたちは何も知りません。
種付けの時からの運命なのであります。

人間もまた人間に飼育されているのかもしれません。
良い学校を目指して勉強するのですが、考えれば、これも妙なことであります。結婚後は他の異性と交わってはいけないというルールも、また奇妙。
100歳生きたとすれば、やく36、500日。他者より優位なランクを求めてもがいておるのでございます。
勝ちたい、儲けたい、美しくありたい、健康も大事、みんなから好かれ、楽しくありたい……とすれば平和が崩れるのは当然でありましょー。
だって現世の幸福の量は制限があるからであります。
誰かが儲かれば、誰かが損をするみたいに。
かっぱらう以外に道はないのであります。

そこに占いの価値があるのかもしれません。
データとか情報といったって、たかだか数十年ほどの統計にすぎません。
いや、誰かが情報という商品で儲けているのかもしれません。

約2000年ほどの歴史のなかから、人間の習性を調べ、その集成が占いにはビルトインされているのだと、私メは思うのであります。
36500日に満たない時間を、危険を回避し、満足いく人生を効率よく送るための古代からの遺産。
「占いなんて、くだらない迷信だ」
と切り捨てるところに、じつは成功者が宝を隠して独り占めしよーとする作為があるのでは…。

怨念の目をした鱈にならないよーにね。

2026
01.23

図書館で地方紙の、死亡欄に目を凝らすのでした。
久しぶりであります。
原稿作成をしなければならなかったのですが、雪景色にさそわれ、ついふらふらと。

半年分の新聞をめくるのは、意外に手間であります。
が、そこに知り合いの名前をみつけたとき、胸に迫るものがございます。
オトコもそーですが、お女性であれば、哀しみでもない喜びでもない、そう、淋しさに似た懐かしさがこみ上がるのであります。

一人の女子の名前がそこにありました。
苗字が変わっていない。住所もたぶん同じだ。年齢も。彼女だ。
どーいう人生であったのか。

最後に会話したのは、はるかに遠い過去なのに、思い出は時を超えて動き出すのでございます。
放課後の薄暗くなった自転車置場。冬であります。私メはかがんで、その女子のチェーンの外れた自転車をなおしておりました。
「明日、デートなんだ。映画を見るの」
「ふーん」
「彼ったら、すんごぐヤギモヂ焼きだから」
「おごられる?」
油で汚れた指をズボンでぬぐいながら「なおったみてだ」
動き出した記憶はそこで途切れるのであります。

人生のほんの一瞬の交錯。
人生になんの影響もない交錯。

卒業し、進学し、就職し、20代になり、30代になり、そして71歳でこと切れた。
からだの奥から得体のわからない愛おしさがこみ上がってきたのでした。
抱いていれば良かった。
眉頭に大きなホクロが目障りだったからか。
ヤキモチ焼きの彼氏には秘密にしろと、スケートくらい誘えば良かった。自転車のチェーンをなおしてやったのだから。
しかし、そーなっていたらたらどーなっただろう。
これで良かったのかもしれないし、ダメだったのかもしれない。
なにしろ死亡欄で名前を見つけるまで、いちども想い出さなかったのだ。

新聞を閉じ、原稿作成のために、図書館を後にしたのでありました。